13話 京子さんとお出掛け
部屋でゴロゴロと漫画を読んでいると、扉がノックされた。
「入ってもいい?」
「……どうぞ」
正座をして、声の主、京子さんを出迎える。
「みかんちゃん、今日は暇?」
「……特に予定はないです」
「じゃあ、一緒にお茶でもどう?」
「……はい」
私と京子さんは一緒に外に出る。
京子さんとお出掛けなんて初めてだ。
「今日は私がみかんちゃんを独り占めね」
「っ……」
京子さんは私と手を繋ぐ。
ゆっくりと歩いて、たどり着いたのが古びた喫茶店だった。
レンガの壁に木製の扉。大きな窓からは店内が覗けるようになっていた。
扉を開けると「カランコロン」と音が鳴る。
カウンターには女性店員がいた。長い髪を一つにまとめて、片眼鏡を掛け、黒と白の執事のような服を着ていた。
私達の入店に気づくと、柔らかな笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、京子」
「久しぶりね、真希」
「あら、その子は……もしかして、京子の娘? あんまり似てない気がするけど」
「大事な娘よ。智彦さんの娘なの」
「あ、そういうこと……初めまして、お嬢ちゃん。私は京子の友達の早坂真希よ。よろしくね」
「……き、木村みかんです」
「あら、挨拶ができて偉いわね。飴ちゃんいる?」
この子供扱い。たぶん、高校生に思われてないだろう。
「うふふ、真希。みかんちゃんは高校生よ」
「え……ごめんなさい、小学生くらいだと……」
「いえ、よく間違われるので……」
それから、テーブル席に座り京子さんは「いつもの」と真希さんに伝えた。
「ここね。私の行きつけの場所なの。美琴にも内緒なのよ」
「……そうなんですか」
「美琴とは上手くいってる?」
「えーと……上手くはいっていると思います……私自信、あまり人付き合いしないので、自信はないですけど」
「そう。上手くいってるなら良かったわ」
真希さんがテーブルにアップルパイを置いた。切り分けられたものではなく、ホールのままである。
「いつものとコーヒーよ。みかんちゃんには、カフェオレね」
「あ、ありがとうございます」
真希さんは私を見て、笑顔を浮かべて礼をした後、カウンターへ戻っていった。
「ここのアップルパイは絶品なの。いつもなら、丸ごと一つ食べちゃうけど。今日はみかんちゃんと一緒に食べたいわ」
丸ごとて……京子さんは大食いなのか。
京子さんはナイフでアップルパイを切り分けていく。
「……」
甘い匂いが漂ってくる。
あ、口元から涎が……!
「はい、どうぞ」
「い、いただきます……」
フォークで切って、アップルパイを一口食べる。
「……っ」
「どう? 美味しいでしょ?」
「……はい、美味しいです」
「よかったわ。みかんちゃん、あーん」
「え……?」
京子さんがフォークにアップルパイを刺して、私の口元へ差し出してきた。
「食べてくれないの?」
眉尻を下げて、視線を下げる京子さん。
「……い、いただきます……」
覚悟を決めた私は目の前のアップルパイに齧り付いた。
「……お、美味しかったです」
「今度はみかんちゃんの番」
「え……?」
私の番?
頭が追いつかずに、固まっていると、京子さんが口を開けた。
「……」
私はアップルパイを切り分けて、フォークで刺すと、京子さんの口元に差し出した。
「ふふ、美味しいわ」
京子さんは顔を赤らめると、ペロリと唇を舐めた。
「っ……」
大人っぽい色気に少しドキドキとした。
それから、お互いにあーんをしながら、アップルパイを食べ終える。ちなみに、ほとんど京子さんが食べていた。
京子さんは二杯目のコーヒーを頼み、まったりとコーヒーを楽しんでいる。
「今日ね、みかんちゃんをお茶に誘ったのには理由があるの」
京子さんにそう言われて、私は背筋を伸ばした。
「みかんちゃんと親睦を深めたいと思って」
「……え?」
「ほら、私って仕事ばかりでしょ。だから、あんまりみかんちゃんと接する機会がないと思って」
確かに京子さんとは、顔合わせのレストラン以外であまり話したことがない。
お父さんと同様、仕事ばかりで朝は早く、夜が遅い為、話す機会がないのだ。
「本当は智彦さんと結婚したら、専業主婦になろうと思ってたけど……会社の社長が辞めたら潰れる、て言って辞めさせてくれなくて、それに私、家事能力皆無だから」
「……」
そう言えば、美琴が京子さんは家事能力がゼロって言ってた。
「前に美琴のために、ホットケーキを作ってあげたら、焼きすぎて炭になったわ。それでも、美琴は美味しいて言いながら、全部食べてくれたんだけど、お腹壊しちゃって大変だったわ。それ以来ね、美琴が必死に料理を始めたのは」
もしかしたら、美琴は京子さんの料理に命の危機を感じたのかもしれない。
「……私も、お父さんが料理下手で、自分でやるようになって……覚えました」
「ふふ、みかんちゃんの料理、美味しくていつも楽しみにしてるわ」
「あ、ありがとうございます」
我が家の料理当番は美琴と私で交互にやっている。たまに、一緒に料理をすることもあるけど。
京子さんから褒められて私は恥ずかしくやって、カフェオレを一口飲んだ。
「みかんちゃんは好きな人いるの?」
「っ……ゲホッ」
飲んでいたカフェオレを吹きそうになった。
「あら、その反応怪しいわね」
「い、いません……」
「本当? 気になっている子でもいいわよ?」
「気になっている子も……っ」
な、なんで美琴の顔が浮かぶ……!?
「顔が赤くなって、可愛いわね」
「っ……す、好きとかそんなのじゃ……」
「ふふ、青春ね。甘酸っぱくていいわ」
京子さんは優しそうな笑みを浮かべると、言葉を続けた。
「みかんちゃんの恋バナ聞きたいわ」
「……」
ど、どうしよう……!
混乱していると京子さんのスマホが鳴った。
京子さんはスマホの画面を確認して、眉を顰めると、電話に出た。
内容を聞く限り、仕事の電話だ。
「はぁ……ごめんなさい、みかんちゃん。これから、職場に行かないといけなくなったわ」
「……頑張ってください」
「ええ、ありがとう」
京子さんが会計を済ませて、私達はお店を出る。
「今度、話の続き聞かせてね」
「っ……」
京子さんはそう言い残すと、会社に向かった。