1話 お父さんの再婚
私、木村みかんはソファに寝転がりながら、スマホで恋愛漫画を読んでいた。
異世界に転生した女子高生の主人公が王子に溺愛されるという物語だ。
「いいなぁ……」
恋に恋する女の子。それが私だ。
特に誰かに溺愛されたい……!
まあ、人と話すのが苦手な私は恋人どころか、友達もいないんだけど。
「みかん、大事な話がある」
普段無口なお父さんが声を震わせてそう言った。
ただならぬ様子に私はソファの上で正座した。
お父さんは私の隣に座る。そして、口を開けては閉じを繰り返した後、言葉を発した。
「お父さん……再婚することにした」
「え……」
お父さんが再婚……?
「すぐに受け入れられないことはわかる……けど、再婚することを認めてほしい」
「それは……いいと思う」
「みかん、ありがとう」
お父さんは微かに笑った。
「それでだ、今週の土曜日にお母さんを紹介したいから空けといてくれ」
「うん……わかった」
「後、新しく妹ができるぞ」
「え……それって……デキ婚?」
真面目がお父さんの取り柄だと思っていたけど、どうやらプレイボーイだったらしい。
「いや、デキ婚じゃなくて……お義母さんの方にも、娘さんがいるんだ。みかんの一つ年下だから、仲良くできると思うぞ」
「へー……そうなんだ」
それから、私はお風呂に入り、天井を眺めた。
新しいお義母さんと新しい義妹。
正直言うと、不安しかない。
けど、お父さんが幸せになろうとしてるのに、嫌とは言えないし。でも、やっぱり……!
悶々とする私。
そうこうしているうちに土曜日になった。
目の前には高級そうなお店があった。
レンガ造りの壁に木の扉。
お父さんはスーツを着て、髪をワックスで固めていた。私は制服だった。
「緊張してるのか?」
「……うん、少し」
本当は少しじゃない。
今にも足が震えそうだ。
と、横から手を握られた。
「これなら、大丈夫だろ」
「いや、この歳でお父さんと手を繋ぐのは恥ずかしい……」
「……そうか」
お父さんは手を離した。
どんよりとした雰囲気が漂ってくるが、私のせいじゃないよね?
私達は店内に入る。
席につき、店内を見まわした。
巨大なシャンデリアがあり、店内を照らしている。
テーブルには白いテーブルクロスが敷かれ、中心に花が飾られていた。
「うぅ……」
完全に場違い感がある。
私みたいな陰キャには、一生縁がない。
きっと、周りの人も笑っているに違いない。
なんか、吐き気がしてきた……。
「トイレ……」
私は席を立ち、トイレに向かう。
個室に入り、便座に座る。
「ふぅ……」
落ち着く。私の居場所はここにあったか。
もう、終わるまでここに居よう。
レストラン内だし、一緒に食事したことになるよね。
「はぁ……」
現実逃避はもう終わり、戻ろう。
立ち上がり、個室の扉を開ける。
重い足を一歩進むと、柔らかな何かにぶつかった。
「ん……」
顔を上ると、近くに女の人の顔があった。
明るい茶色の髪に、吊り目で、耳にはシルバーのピアスをしていた。
ザ・ギャル。
陰キャの天敵である。
「あ、ああ……」
顔から血の気が引いていく。
戻る気なんて一瞬で消え去り、個室に逆戻り。
「お外怖い……」
膝を抱えて、体を震わせる。
「すいません!」
外から声がし、扉をコンコンと叩かれる。
「ひぃ……」
絶対に怒ってる……!
ここを出たら殺される……!
「あー、大丈夫ですか?」
「……」
ど、どうしよう……!?
「具合悪いなら、店員さん呼んできますよ?」
「っ……」
それは困る……!
「だ……大丈夫っ!?」
慌ててたせいで、体勢を崩した。そのまま扉に頭をぶつかる。
「っ……!?」
ゴンと鈍い音が響いた。
「ちょ、大丈夫!? もしかして、倒れてないよね!? 返事して!」
どうしよう、さらに大ごとになってしまった。
けど、このまま立て篭もるという選択は無しだ。さらに大ごとになっちゃう。
お父さん、ごめんなさい。私の命はここまで見たい。だから、新しい家族と仲良くやってね。
私は鍵を開けて、ゆっくりと扉を開いた。
「あ、あの……」
恐る恐る視線を上げると、扉の前に立っているギャルと目が合った。
ギャルは私の肩を掴むと、顔を近づけてきた。
「大丈夫? 体調悪い? 熱はないようだけど……」
ギャルは私の顔を覗き込みながら、そう言った。
その顔は本気で私を心配しているようで、怒っている様子はなかった。
「大丈夫です……後、顔……」
「顔……?」
「……近い、です」
「あ、ごめんね」
ギャルは私から手を離した。
「まあ、大丈夫そうならよかった」
ニコリと笑うギャル。
こんな良い人を見た目で判断していた私は、私自身が嫌になってきた。
「……ご、ごめんなさい」
「え? 何のこと?」
「……その、ぶつかったこと」
「ぶつかった……あ! 大丈夫だよ。私、丈夫だし!」
「……後、心配してくれて……ありがとう」
お礼を伝えるとギャルは固まった。
「か……」
「か?」
「可愛いっ!」
「っ!?」
ギャルは思いっきり私を抱きしめた。
柔らかな胸があたり、呼吸がし難くなる。
「もう、何なのこの子! お持ち帰りしたい!」
「うっ……」
身体に圧力がかかり、口から内臓が飛び出そうだ。
さらに、胸のせいで息が……! 殺される……!
最後の抵抗に私はギャルの背中を叩いた。
「あ、顔真っ青! ご、ごめんね!」
「はぁ、はぁ……」
後少しで死ぬとこだった。
「あなた名前は?」
「……き、木村みかんです」
「みかんちゃんか、美味しそうな名前だね。私は加藤美琴。美琴って呼んで! 後、連絡先交換しよ!」
「え……」
ど、どうしよう……!
コミ力皆無な私が対応に渋っていると、美琴は私の頬に手を添えて顔を近づけてきた。
「お願い、教えて」
「っ……」
耳元で囁かれた私は身体の力が抜けて、美琴にスマホを渡した。
「はい、登録完了!」
私は美琴からスマホを受け取った。
「じゃあ今日の夜……は時間ないから、明日の夜に連絡するから! バイバイ!」
美琴は手を振り、トイレから出て行った。
嵐のような人だった。
まあ、もう会うこともないと思うけど。
「……」
スマホを眺め、美琴の連絡先を表示する。
でも、悪い人ではないよね。
「あ、そろそろ行かないと……」
正直、疲労困憊で帰りたい気分だけど、そうも言ってられない。
トイレから出て、席に戻ると、お父さんの向かい側に二人の女性がいた。
一人はおっとりとした女性でお父さんと楽しそうに談笑していた。
そして、もう一人は美琴だった。