3. え?手合わせ?もう、疲れたんやけど。
5分間の休憩も終わり、2限目になったことを知らせるチャイムが鳴った。メルカ先生の生徒達が入ってきた。その内の一人、茜色の髪をした、少女と目が合うた。しかし、それも一瞬のことや。すぐに、別の方を向いてしもた。
「では、最初の組み合わせを発表します。エリカさんと、ヴィルトさん。」
どうしても、ボーッとしてまうな……。自分の番は大体、直ぐ回ってくるんやけど…。分かった、昨日食べたクッキーの所為や!まぁ、ええわ。おっ!絵梨花ちゃん勝ったんや!凄っ!
暫く、何組かの試合を見てたら、ウチの名前が呼ばれた。
「ヒナタさんと、アグネスさん。」
ウチが歩み出ると、さっきの茜色の髪の少女が出てきた。暫く、互いを見つめ合う。アグネスは、髪の毛よりも赤く深い紅の瞳でこちらを見つめている。
その目は、今にも眠りそうなほど瞼が降りている。言うんやったら、ジト目。
「始め!」
教員のメルカの声が響く。今にも眠りそうだった、真紅の瞳が見開かれた。アグネスは、日向の方へ勢いよく走ってくる。日向は、咄嗟にトランプを数枚飛ばしたが、その全てが、アグネスによって切り裂かれる。
「『ダイヤガード』」
日向は、13枚のダイヤのカードを前方の展開した。アグネスは、まるで、そんなこと分かりきっていたかのように、自然体で方向転換をする。
やや、吊り上がった目。しなやかな身のこなし。おまけに、気怠げだった瞳は今は瞳孔まで開いている。そんな彼女は正に、猫のような者と言えるだろう。
アグネスは、美しく洗練された、無駄のない動きで、剣を操っている。その刃には、林檎のように赤く燃え盛る炎が纏わりついていた。
だが、日向に、見惚れている暇はない。完全に、アグネスのペースに引き込まれてしまっているのだから……。
「『ファイアクロウ』」
火の鴉が日向の頭上を旋回し、その鋭い嘴が日向に向けられる。が、水曜で作られた、つばめによって、攻撃は相殺された。
火と、水が交わり合う中、遂に、日向は別の曜も使い始めた。アグネスもそれに合わせて、使う曜の種類を増やして行く。
七曜が混ざり合い、入り乱れた。その様子はまるで、白紙のキャンパスに、星彩のような、色を載せていくようだった。
しかし、そのような状況下でも、隙のある場所を正確に狙ってくるアグネス。日向は確実に押されていた。激しい剣閃をギリギリで防いでいた日向がついに、蹌踉めいた。絶好のチャンスとばかり、アグネスの剣は、日向に向かって振り下ろされた。
刹那、視界が何かで覆われ、アグネスの剣の勢いが止まる。即座に、目の前の障害物を焼き払い、次の行動に移そうとしたが、アグネスは目を見開いた。何故なら、アグネスの首の至近距離にトランプが制止していたからだ。
オーバーヒートしていた頭がゆっくりと冷えていく。次に、アグネスは両手をあげ、こう呟いた。
「降参。」
*****
「対戦おおきにな、アグネスはん。」
「手応えがあって楽しかった。またやろう。」
二人の少女は、握手を交わす。その光景は、とても、微笑ましいものだったが、教員のメルカは、先程の攻防戦のことを考えていた。
不利な状況下で、トランプを目隠しのように使い、一瞬で、急所の前にトランプを生成したのだ。疲労していたにも関わらず。
アグネスはクラス屈指の強者だったのだが、日向に負けてしまった。その出来事は、日向がどれだけ規格外なのかを物語っていた。
そして、次の組み合わせが発表された。
「アサノさんと、ケインさん」
「何で、苗字なんだよ……。」
お疲れ様ァッ!と、心の中で叫んでいたのは、恐らく日向だけではなく、大半の者はそう思っていただろう。
そして、始めの言葉を合図に戦いの火蓋は切られた。
浅野が、温度を下げ、自分のテリトリーに、相手を入れる。そして、相手の周りの水蒸気を急冷し、氷に変える。完全に、閉じ込めた。
しかし、氷の壁に亀裂が入り、氷の欠片が飛び散った。二人とも笑い、睨み合う。
ケインは、炎で剣を作り…合川は、氷の両刃斧を作った。
暫く、接近戦が続いていたが、魔術も使い始めた。
「『ファイアリング』」
火の輪が、合川を取り囲んだ。その火の輪はどんどん小さくなっていく。
しかし、火の輪を包み込むように、氷を生成したことで、浅野の危機は去った。
「『アイシクルストーム』」
氷柱の雨が降り注ぐ。が、ケインは、頭上に炎で屋根のようなものを作り、その全てを防いだ。そして、炎の屋根が無数のナイフに変化する。
「『アイスウォール』」
絶対零度の壁を作り、赤々と燃えるナイフを次々に消火していく。全てのナイフを消火すると同時に、氷の壁は完全に融解した。
「『業火、烈火、紅焔、それらが作り出すのは、氷さえも燃やす炎。燃やし、熱し、万物を焼き尽くせ───バーニングエクスプロージョンッ!!』」
「『六花、冠氷、銀雪。集え、今ここに、炎さえも凍てつかせる、銀世界の氷が顕現する。凍らし、冷やし、万物を凍結せよ───クライオジェニックグレイシアッ!!』」
浅野…明らかに、詠唱をパクッとるなぁ。パクリィ魔誕生ってか。厨二病が使うような、よう分からん、言葉も使ってるし。
もっかい、対戦したいなぁ……。そして今度は、りんごジュース漬けに………
いや、今は良いわ。目の前のことに集中せなあかん。
日向の眼前で、炎と氷がぶつかり合い、地面が激しく揺れ動く。若干、浅野の方が押されているが、ほぼ互角と言っても良いだろう。
しかし、次の瞬間、一気に火の勢いが弱まり、あっという間に消えた。そして、全てを氷が覆い尽くす。
突然の出来事にやや困惑しながらもケインは、
「…………負けました。」
と、言った。
*****
その日の帰り道に、浅野に聞いてみた。
「浅野。急に相手側の火を消したけど、何したん?」
「魔力を空間に混じらせて、その範囲の温度をちょっと弄っただけ。お前と手合わせした時の温度操作も同じ原理。」
「へー。なんや、結構、難しいこと考えとるやん。もうちょい簡単か思てたわ。」
「あ、そうや。もっかい手合わせやろ?」
「ええで。次はりんごジュース漬けや。」
対戦を始めること十数分後。
1人の少女が、りんごジュース漬けにされた男子など見えないかのように、軽やかな足取りで家へと向かっていった。
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