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……あのときの人ですか?

 真紘ほどのイケメンなら、きっと私の記憶に残るだろうと思っていたのだが、どんなに過去を振り返っても、真紘を思い出すことができない。


 ……会社じゃないのかなぁ? そうだったとしたら、思い出せないかもしれないな。社長の秘書になるまで、私はあまり他人の名前や顔なんて覚えなかったし。


「……会社以外で会いましたか?」


 恐る恐る、真紘に聞いてみる。少し驚いたような寂しいような表情をしている。なんだか、とても申し訳なく思いながら、今までの私を心の中で叱った。


「本当に覚えていないんだ?」

「……えぇ、記憶になくて」


 ふっと笑う真紘を見つめ、視線の先を見た。海だった。


 ……海で会ったってこと? 海、海、海……大学生のときに海に行った記憶があるけど、あのとき確か溺れている人を助けた?

 でも、真紘社長は、泳ぎもできるって聞いたことあるけど、私に助けられることってあるの?


 首を傾げて見上げると、ぽつりぽつりと昔、海であったことの話を始めた。

 あの日、思わぬ事故だった。透や薫、他数名で、海水浴に来ていたらしい。仲のいいメンバーではあったが、真紘は少し距離を置きたい……そんな時期だったそうだ。「少し泳いでくる」と、仲間の一人に声をかけた後、一人きりで海へ泳ぎに出たらしいらしい。

 泳ぎは得意ではあったが、少し泳いだところで、足を攣ったそうだ。思うように泳ぐこともできず、冷静さを失い、バタバタと暴れてしまったらしい。沈んでいく様を感じ、もうダメだと思ったとき、私が助けたということだ。

 真紘が話し終えたとき、まさかとは思っていたが、そのときの人だとは思いもよらなかった。浜辺からたまたま様子のおかしいことに気が付き、助けに向かった。幸い、私は、アルバイト先の店長の好意で海難事故に対する資格を取らせてくれていたおかげで、資格も持ち合わせていた。経験上、初めてのことだったが、落ち着いて対応できたことで、覚えていた。助けた時点で、その男性は相当な水を飲んでいたし、救急車が来るまで人工呼吸をした記憶が蘇る。

 記憶を辿ると、数年分若い透の顔もぼんやり思い出してきた。心配して慌てているのに、隣にいる女の子の方が取り乱して泣いたり叫んだりで、処置がやりにくくて大変だったなと思い返す。


 ……あの女性が薫さんだったんだね。


「……あのときの人ですか?」

「そう、あのときの人。お礼がしたいからって、ずっと探していたんだ。最後に記憶が飛ぶまでの間に見た君の顔を忘れるわけはないし……調べていくうちにどうやら好きになっていたらしい」

「……それって吊り橋効果じゃないんですか? 死の淵にたって、たまたま助けた私……みたいな」

「そう思ったけど、違うよ。もう何年も君と顔を合わせてきているだろう? 杉崎さんの好きなもの、笑うツボも知っている。怒ったり冗談を言ったり……、どれほど杉崎さんを見てきたと思っている?」


 社長秘書に抜擢されて3年が経った。あのコーヒー事件のあと、透直々に秘書をやらないかと声をかけられたことを思い出す。透は私が秘書をするまでは、個人的に誰かを側に置くことはなかったので、みなが驚いたくらいだ。

 ましてや、大切な友人へ事件を起こしたあとのことだったから、社内では噂が立った。社長のお手付きじゃないかと。

 幸い、私も透もそんな噂に振り回されることなく、ただ、消えない社内の噂が面倒くさくなり、それならそれでフリをしようと結託したくらいで、今までその嘘に気が付いたのは真紘だけだった。

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