もっと笑えばいいと思いますよ?
スーツケースを引っ張ってエレベーターに乗り、『閉』のボタンを押したとき、滑り込んできた人がいた。
「やっぱり送っていくよ。荷物も多いし」
スーツケースを真紘に取られてしまい、私はそれ以上は何も言えなくなった。ただ、なんだか胸の内は喜んでいる私。口角も上がっているだろう。そんな私が恥ずかしく、隠すようにエレベーターのボタンの前へ詰めた。
「……車ですか?」
「あぁ、地下で頼む」
地下駐車場へ向かえば、高級そうな車が並んでいる。関西出張のときに乗せてもらった透の車の隣にも高級車だ。その車へ荷物を乗せていく。
「車高高いけど、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です。藤堂の車に乗りなれているので」
「……それは、妬けるなぁ」
「……何か言いましたか?」
そうは言っても私が落ちないようにと、真紘が後ろに回って来てくれる。その優しさに驚いた。聞こえなかった言葉を聞き返すと、「なんでもないよ」と返ってきた。
「真紘社長って、モテますよね? 容姿だけじゃなくて……」
「そう……かな?俺なんて張りぼてだけど?」
助手席に乗り込んだ私を確認してから、運転席へ向かう真紘。シートベルトをしながら、苦笑いをしている。
「そんなことないですよ! なんていうか、理想の王子様的な感じ? 優しいし、カッコいいし、仕事はできるし……。ご令嬢が結婚したいっていうのも頷けます」
「頷けるんだ? 杉崎さん的にはどうなの?」
「どうって? 真紘社長ですか?」
車が動き始めて、前を見ながら問いかけてくる。
……これ、カーマジックだね。いつもよりカッコよく見えるとか、あるあるのやつだ。
チラッと真紘を見て、唾を飲み込んだ。その音を聞かれたのではないかと、少し慌てたが、そんなことはなさそうだ。それよりもと食い気味に、質問を返してくる真紘は少し余裕がなさそうだった。
「そう。あり? なし?」
「そうですねぇ……。ありといえばありですけど、なしといえばなしです」
「その心は?」
……カッコ良すぎるから。私が真紘社長と並び立つとか考えられないとか? ご令嬢と婚約してるからとか? 嫌いじゃないけど、好きでもないし、眺めていたい王子様! が、しっくりくるかな。
思い当たることを考えてみた。行き着いたところは、学校のアイドル。手に届きそうだけど、そうじゃない距離感。ただ視線の先にいる付き合いたいまでは思わないけど、密かに推していたいカッコいい人。
「笑わないでくださいね?」
「何を考えてた?」
「学校のアイドルを思い出してました。毎日学校のどこかで出会えるけど、だからと言って付き合いたいとかではなくて、憧れ的な?」
「……なるほど、学校のアイドル」
「真紘社長はそんな感じです」
言い終わったとき、チラッとこちらを見る真紘の寂しそうな目と目があった。思わず視線を彷徨わせて、「青ですよ!」と慌てて前を指すと「知ってる」と少しトーンの落ちた声。いたたまれなくなり、何か話をしなくてはと焦る。
「真紘社長は……うちの社長……藤堂とはどれくらいの付き合いなんですか?」
「へぇー透のことは気になる?」
「……そういうわけじゃなくて、今までお二人の話はあまり聞かなかったなって思っただけです。いいです!」
窓の方を見れば、ガラスに映る真紘が声を抑えて笑っている。珍しい光景に釘付けになった。
「真紘社長、もっと笑えばいいと思いますよ?」
「そう? 笑ってるつもりだけど……」
「今みたいにですよ。いつも貼り付けたような笑い方ですから。あっ、うちの社長……藤堂とは楽しそうですけどね?」
話をしているうちにそっぽ向いていた私は、いつの間にか真紘の方を見て話していた。急に恥ずかしくなり押し黙る。
「もっと話してて。杉崎さんの話、聞いてるから」
「じゃあ、さっきの質問!」
「はいはい。透とは物心がつく前から一緒。母親同士が親友で、よくうちに遊びに来てた。母親同士は今も仲が良くて、何かにつけてランチだお茶だと二人で出掛けているけど」
「そうなんですね。いいですね? 幼馴染」
「そうか?」
私が頷くと「どこらへんが?」と真紘が聞いてくるので、「幼馴染っていう特別感?」と答えた。
実際、私にはそんな存在はいない。親友と言えるほど、仲のいい友人もいるとはいいきれなかった。
「腐れ縁とも言うけどな……幼稚舎から大学卒業までずっと一緒だった」
「特別じゃないですか。私、お二人の空気感好きですよ」
二人とも社長としての仕事柄、ピリッとしているところがある。ただ、二人のときは兄弟のように笑い合うのだ。調子のりの透はいつも以上に調子に乗るし、真紘も心から笑っている。そんな二人が好きだった。
「まぁ、透のあの性格がなけば、きっと、俺らはここまで長いこと一緒にはいられなかったと思うよ」
「熟年夫婦のようですものね。手を出すだけで、お互い何が欲しいかわかってしまうって。私もそんな人欲しいです!」
両の拳を握り力説してたらしく、今度は声をあげて笑っている真紘。透の前でしか見せないその笑顔を見れるなんて、今日はツイているようだ。
「ちょっと会社に忘れ物があるから寄ってもいいかな?」
「もちろんです! 私がお荷物なんで」
「お荷物だなんて」
クスクス笑うと、眉をあげてしかたなさそうにしていた。角を曲がれば真紘の会社があるオフィスビルだ。車を路上に止めて「すぐに戻る」とビルに消える。私はすることもないので、スマホをカバンから取り出し見ていると、窓をノックする女性。窓を開けると複雑そうな表情をこちらに向け、困ったわというふうだった。