対照的
あれからすぐのこと、透の関西出張へ同伴することになり、一週間ほど東京を離れていた。
会社に、出張先での会議資料などの荷物を置きに戻ったところだ。資料と私の荷物を持って社長室に入り、今回の商談の資料を順に整理をしていると扉が開く。
「社長、資料の並べる順番ですが……」
「透なら、まだだけど?」
その声に振り返れば、真紘が扉のところで笑っている。あの日以降、バタバタとしていたので、改めてお礼も言えずにいた。思わぬところでの再会とは社長室に入ってきた人物の確認もせずに呼びかけてしまった恥ずかしさで、私はしどろもどろになった。
「……えっと……えーっと、今日は、藤堂と何かお約束があったのですか? すみません、私は予定を聞いていなくて」
「いや、透とは何の予定はないよ。こっちに戻ってくるって聞いたから、少し話がしたくて」
微笑む真紘から変に思われないように、表情を作る。秘書として、今、ミスをしたばかりだ。真紘と透の関係なら、私の小さなミスに対して、何も言わないだろうが、私の気持ちを整えるつもりで、微笑んだ。
「藤堂なら、もうすぐ駐車場から戻るかと思いますので、こちらに掛けてお待ちください」
「……そうだね。まぁ、透に会いに来たというよりは、君に会いに来たんだけど」
しれっと、真紘は今日の目的を言い、驚いた。先日、酒による失敗をしたばかりの私に何のようなのだろう。少しだけ身構える。
「……私にですか? からかわないでください!」
冗談だとわかっていても、私の胸は高鳴った。真紘のようなイケメンから「会いに来た」なんて言われたことがないから。自嘲気味に「ないない」と心の中で否定しておく。
「冗談じゃないけど?」
「えっ?」
「冗談だと思ったんだ。心外だなぁ……。これから飲みに出かけるけど、一緒にどう? 帰りもちゃんと送るから」
自分の良さを疑わない少し強引で、だけど、気遣いも出来ますという雰囲気で誘われたら断り辛い。ただ、関西からの車移動で疲れていることも事実ではあるので、きちんと断れば、真紘は理解してくれるだろうと考えた。
「申し出はありがたいですが、今日はもう家に帰らせてもらおうかと……」
「何々? 真紘。うちの杉崎ちゃんをからかってるわけ? かおちゃんがいるのに?」
透も私が持ちきれなかったたくさんの資料を持って社長室へ入って来た。透の珍しく棘のある言葉に、不安になる。そんな透の言葉にも、余裕でかわしていく真紘を盗み見た。真紘の口角が少し上がっている。
「薫は透のようなヤツのほうが、俺はいいと思ってるけど?」
「婚約した奴に言われても、ちっとも響かない」
「さっさと告白しておかないからだ。薫がどう思ってこの婚約をのんだのかは知らないけど、俺はごめんだ」
「なっ、かおちゃんは昔から真紘のことをだな」
口が滑ったと罰の悪そうな表情の透と不敵に笑う真紘は対照的である。
ただ、挟まれて、知らない女性の話をされるのは、いたたまれないし不愉快だ。
「あの」と声をかけたとき、二人がこちらを見下ろした。その圧に後ろに引きそうになったが、負けじとニコリと笑う。
「あとはお二人で好きにしてください。終業時間も過ぎていますので、私は先に失礼したいと思います」
「送っていくよ」
「いえ、大丈夫ですから」
真紘の申し出を断り、スーツケースとカバンを持ってお辞儀をして社長室を出た。