俺はいつも透にだけは敵わないから
「そう思われるなら、それでも構いません。私はたまたま透さんの会社に内定をもらっただけです。事務職として働いていた日々、遠いところにいる透さんを見上げるばかりの位置から、若いのに立派な会社を経営している方だと常々思っていました」
「そらそうだ。この藤堂グループの跡取りなんだ。道楽だとしても、会社を回せないと意味がない」
「本当にそうでしょうか。私は秘書になるまで、藤堂透という人を知りませんでした。藤堂という名字に縛られないよう名を変え、人の何倍も研鑽し、社員を大事にし、あったかい人なんだと。ビジネスですから、ときに非常なときもありますが、それも含め、相手のことを考えて提案していることが多い。透さんのことを甘いと評価する方々も実際にはいらっしゃいますが、透さんの人柄だからこそ、我が社にと、話をくれる企業もある。私が思うに、透さんの周りでは温かい笑顔が溢れるのは、ひとえに透さんの努力とともに人に尽くそう、寄り添おうとしてくれる優しさだと思います。ご両親がどのように透さんに感じていらっしゃるか私には計り知れませんが、業績以上に社員にも顧客にも寄り添ってくれる……そんな優しい社長を私は知りません。今まで、秘書を置かなかった理由は知りませんが、失敗ばかりの私に笑って手を取ってくれた。私はそんな透さんを支えたいと秘書になったときから考えています」
私が言いきったとき、透の母はハンカチで目元を押さえていた。透の両親に私を認めてほしいなんて微塵も思ってなかったが、透と両親との関係性が明らかに変だと感じたので言わずにはいられない。透も私が父親に向かって、私が透自身を評価したことに唖然としていた。
「さすが、杉崎さん。俺が認めただけはあるね」
後ろから声がかかって振り返ると、真紘が微笑んでいた。透の父に挨拶にきたのだろう。そんな中、私が啖呵を切っているのをずっと見ていたのかもしれない。いつもの飄々とした表情だが、その視線は柔らかく愛しむようなものだった。
「藤堂社長、このたびはおめでとうございます」
「……何がだ?」
「周年記念のことですよ」
この場にいるみなが、私の啖呵に動揺しているのだろう。真紘に指摘され、透の父が「ありがとう」と言っている。
「それにしても……透には完敗だな。ずっと、口説いていたのに、杉崎さんが落ちないはずだ」
私を見下ろしたあと、透のほうを見ている。透はというと、私を自分の方へと抱き寄せた。
「……完敗とは、天下の真紘でも、叶わない恋でもしていたのかなぁ?」
「知っているくせに。そっか……まさかなぁ……ありえないと言っていたのに、そうか。そんな気はしてたんだよな。俺はいつも透にだけは敵わないから」
「何を言っているんだか」
笑い始める透と真紘を見上げながら、どうなっているのかと考えていた。それは私だけではなく、目の前にいる透の両親もだろう。わからないので、私は透のスーツを引っ張った。
「どうかした? 優香」
「透さん、その……何がどうなっているの?」
「あぁ、今日、俺の婚約発表だったんだよ。優香を両親に見せびらかしに来ただけだから帰ろう。公私共にパートナーになってくれるだろう?」
いつもの調子のいい透に戻っている。セットしてあった髪をクシャクシャとして、いつものように屈託なく笑う。
「それでは、父さん母さん、また、近いうちに優香を連れて家に帰るよ。行こう」
慌ただしく私の手を取り、会場を後にしようとする。ドレスの裾を持ち上げ、私はそれに従った。後ろを振り向くと、真紘が手を振っていた。透の父はため息をついていて、寄り添うように透の母が宥めているようだった。注目を浴びながら、私たちはパーティー会場を突っ切る。
車を回してもらって、そのまま夜の道をドライブした。その間、透は何も言わず、私も何も言えなかった。




