馬子に衣装ですよ?
あれから、何日かに一度、真紘から電話がかかってくるようになった。仕事が終わったころを見計らってかけてきてくれる。それが嬉しいようで、そうでない自分自身に戸惑いを隠せないでいた。
「そういえば、昨日、正式に薫との婚約解消になったよ」
「本当によかったんですか? 好かれる人と一緒にいた方が……」
「杉崎さんは意外と残酷だね? 好かれていない人との結婚生活を苦しまないわけがないだろ? 薫とはすぐに破綻してたよ」
「……そうですか。あっ、会社から電話なので、すみません」
そういって、真紘からの電話を切る。清々しいほど、薫との婚約解消を喜ぶ真紘のことを冷たいと感じてしまった。ただ、真紘の言っていることもわかるので、私の話になる前に電話を切った。
……考える時間をくれるとは言ったけど、真紘社長のことを好きになれるのかな? 憧れ以上になる気がしないし、さっきの薫さんとのことを聞くと、このまま流されるようにお付き合いすることは、怖い気がする。
ぼんやりと部屋の外を見ながら、真紘のことを考えていた。自身の将来にも関わってくることだと思うと、今まで以上に考えなくてはと強く思った。
しばらくすると、本当に透から電話がかかってきた。終業時間が終わってからの電話なんて珍しい。「もしもし」と電話にでれば、聞きなれた声が受話器の向こうから聞こえてくる。
「もう寝てた?」
「いえ、真紘社長と電話を」
「……アイツ、本当に杉崎のことを好きなんだな?」
「どうなんでしょう? 私には、真紘社長のことがわからない部分も多くて」
「まぁ、幼馴染としていうなら、あんな優良物件は、俺以外ならアイツしかいないとだけ言っておこう。ずっと杉崎を探していたことも知ってはいたんだけど、まさかまさかだよ」
「そうでしたか。それで、社長は何か私に用だったんじゃ?」
電話をしてきた要件を聞くと、透の父の会社が創立記念パーティーをするらしく、私にも出席をしてほしいというお願いであった。大手企業のそんな場に、私は似つかわしくないと申し出を断ったのだが、真紘とのことを考えるなら、俺たちが住む世界を見ておいた方がいいと言われた。
「……私、元々そういう世界には憧れもないし、普通の人と普通に恋愛をして、その延長上に結婚が出来ればいいなって思っているんですけど……」
「杉崎が言いたいことはわかる。俺も同じだから。ただな、杉崎は真紘と関係がなかったとしても、社長秘書になった時点で、そういう世界にすでに足を踏み入れている。それは、自覚した方がいい」
「どういうことですか?」
「当日わかるよ」
そういって透は電話を切っていく。私には何のことかさっぱりわからず、モヤモヤとしたものを抱えたままベッドへと潜り込んだ。今までなら、何か困ったことがあれば透に話していたのだが、今回は透からの話だ。自分で考えるしかないと諦めた。
……私の知らないところで、何が起こっているのかしら?
真っ暗ななか、眠れぬまま夜を明かす。休日なので少し寝坊をして昼過ぎに起きたころ、玄関のチャイムが鳴る。特に何か配送物があるわけでもなかったので、何だろう? と、配達員に聞けば、透からの贈り物だった。
……何? 社長からの……?
開けて見ると、中にはドレスが入っている。大人っぽい紺のドレスに宝飾品、靴や鞄など一式が入っている。荷物が届いたとき、スマホにメッセージが届いた。美容院の予約まで透が手配していた。
「社長! 家にドレスが届いたんですけど!」
電話をかければ、私の開口一番を聞いて透は大笑いしている。こちらはそれどころじゃないと思っているのに酷い話だ。
「届いたんだな。よかった。昨日、言ってたパーティーが次の休みだから用意しておいた。それを着て会場に来てほしい」
「……どういうことですか?」
「言わないよ。当日来てくれないと俺も困るから……ドタキャンはなしな?」
「……わかりました。でも、私……こんなドレスとか宝飾品とか……馬子に衣装ですよ?」
「そんなことないさ。俺が杉崎のために選んだんだから。着てきてください。じゃあ、あとは明日。ちょっと用事があって、実家に帰ってきているんだ」
「そうだったんですね! すみません……突然、電話してしまって」
「杉崎からなら、いつでも構わないよ。じゃあ、また月曜に」
電話が終わり、私は化粧箱に入っているそれらを見た。次の休日に着るのなら、皺は取っておかないといけない。ハンガーにかけると、ますます、そのドレスが部屋と合っていないことに苦笑いをした。
「……私、きっと……ドレスに着られるわね」
ため息をつきながら、私は一通り並べてみることにした。美しいそのドレスを見れば、住む世界が違う人なんだと改めて透や真紘のことを考えた。




