第二王子は寝取りたい
※第二王子の中身が、どクズ。
※寝取り・ネトラレの願望が描かれており、人を選ぶ内容です。
「貴様との婚約を破棄するっ!!」
金髪碧眼の王家の色を持つ青年が声を張り上げる。
突然の第一王子の宣言に、集まっていた貴族たちは静まり返った。
冷静沈着であまり表情を崩さない彼らも、顔色が変わる。
今日は第一王子の誕生日、未だ立太子は果たしていないものの、次期国王の成人を祝う会だ。
本人直々の発表とあれば、立太子の式典の日程を告げるものと思われていた。
「第一王子殿下、御冗談が過ぎます。そのようなお話は場を改めて……」
衆目の前で呼ばれた婚約者の公爵家の令嬢も困惑顔だ。
「ならん。今日こそ、皆にも貴様の悪逆非道な振る舞いをしらしめてやるのだっ!!」
「兄上、お戯れはそこまでで」
王族の暴挙に凍り付いた空気の中、第二王子が割って入った。
「すまない。皆から祝われる喜びに、兄も酒が過ぎてしまったようだ。公爵領で作られた林檎の食前酒は罪深いほどの美味とは言え、これ以上の冗談で場を白けさせるわけにはいかない。主役が席を外す無礼を許してほしい」
介抱するように衛兵に抱えられた第一王子が去っていくと、周囲も落ち着きを取り戻した。
度数の低い食前酒も、成人前に許されるのは一杯だけ。
口内をスッキリとさせ、食欲増進を招くための習慣だ。美味しくなければ続かない。
いつか思う存分飲んでやると己に誓うのは、この国の者なら誰しも身に覚えのある思い出だ。
酒を許されたことで、早速食前酒を飲み過ぎるのも、成人したばかりの若者のやり勝ちな失態だ。
周囲もこれには苦笑い。改めて父である国王が乾杯を呼びかけ、場は持ち直した。
「いやはや、王族の婚約破棄を目にすることになるかと思いました」
「まさか、まさか。あれはおとぎ話。そのような愚か者は寓話の中だけ」
「ははは。これこれ、第一王子殿下を虐めるのはよそう。酔っぱらいの戯言をいちいち真に受けていては、政など成り立ちませんよ」
そう冗談を言い合って、水に流すことにした。ことの真偽はさておき、王家の未来は明るいものだ。
未成年の第二王子も長居せず、歓談が始まると令嬢と席を外した。
◇◇◇◇
成人の会の後、第一王子とわたくしとの婚約は、見直された。
第一王子は政治よりも研究者の道を歩み、海洋生物の観察のため海辺の領地を賜ると発表された。
『酒に弱いのに船酔いは大丈夫か』なんて質の悪い冗談も飛び交ったが、魑魅魍魎の蔓延る宮廷に比べたら、海辺の生活は穏やかなものだ。健やかに過ごせることを願おう。
公爵家の娘とはいえ、傷物のわたくしへの縁談なんて、ろくなものがないだろう。
母が亡くなってからというもの公爵家は義母と異母弟が中心で、身の置き場もないのだから。
このまま家の恥となるよりは、領地の片隅で静かな生活をと考えていたら、第二王子殿下から婚約の打診があった。
王家と公爵家との関係の維持のためだけではなく、あなた自身が欲しいと。
「こうしてあなたに思いを伝えることのできる日をずっと夢見てました。いつまでもこの胸の中だけに秘めたままで終わるものと諦めてもおりました。弱みに付け入るようで心苦しいけれど、今伝えなければあなたは遠くに行ってしまいそうで……。義姉様、お慕いしております」
傷ついたあなたには、他の男と寄り添う気力などないかもしれないが、どうか自信を取り戻して欲しい。
未来の王妃となるために、あなたがどれだけ努力をしてきたか。
国を、兄を、支えるためにあなたがどれだけ親身に寄り添ってきたか。
ずっと見つめてきたんだ。あなたほど素敵な女の子を、僕は知らないよ。
いつまでだって待っているから、と真摯なお言葉を頂いた。
あの日、第一王子殿下の婚約破棄計画を阻止してくれたのは彼だった。
王妃教育で城に行く度、優しく接していただけたのも、彼だった。
わたくしでも、いいのかしら。
あの会場から、そっとエスコートして連れ出してくれた手の温もり。
涙ぐむわたくしにハンカチを差し出してくれた、その真心が嬉しくて。
移り気な第一王子殿下には粗雑に扱われ、家族の輪に溶け込めないわたくしには、愛される資格なぞ無いものだと、俯いてしまっていた。
努力も真心も報われないのがわたくしなのだと、当然のことのように諦めていた。
弟のような存在と思っていたけど、異母弟とは全然違う。
彼は頼れる、大人の、本物の紳士だわ…。
もう一度、彼となら……。
わたくしだって、愛し愛される本当の関係が作れるんだって、信じてみよう。
◆◆◆◆
『何でも欲しがる妹』という寓話がある。
賢く我慢強い姉と病弱で我儘な妹の姉妹がいて、両親は幼い妹を甘やかし続ける。
最終的には、ひた向きな姉が報われ、増長した妹は落ちぶれるという話だ。
『子供が可愛くとも甘やかすばかりではいけない』『努力は報わる』そんな格言が込められているのだろう。
僕も、『欲しがる弟』だった。
昔話は、教えてくれた。
馬鹿みたいにちょうだいとわめいて、誰かを悪者にするのでは、何も手に入らないことを。
欲しいのならば、考えよう。もっとスムーズなやり方を。
「兄さま、すごいなぁ。僕も早くお勉強がしたいよ」
「兄さま、かっこいいなぁ。僕も早くポニーに乗れるようになりたいなぁ」
「……新しいおもちゃ、へー、よかったね。僕のもすっごいんだよ」
目をキラキラさせて兄を慕う可愛い弟を演じるのは、簡単だ。
誰にも、奪われない経験や知識。それらももちろん大切だが…、綺麗ごとはやめよう。
そう、僕はどうしようもなく『欲しがる弟』なのだ。
誰かの思い入れ、愛着執着のあるモノたちは、それ本来の価値以上に輝いて見えてしまう。細かな傷や小さな染み、変色だって時の流れの無常さと万物の儚さとを僕に伝えてくれるのだ。
既に兄を教えていた教師たちの指導は、躓きやすいポイントや上達の仕組みを抑えていた。
ここで兄より出来る所を見せる必要はない。進度は程々に。
新しい物を手に入れた兄を褒めすぎてはならない。新品未開封などに価値はない。
お揃いをいるかと聞かれても、キョトンとして「自分のがあるからいらないよ」と幼さを演じて断る。
肝心の兄には小さくなった洋服やおもちゃのお下がりに、けして興奮してはならない。
程々に、そう、あくまで程々に喜んで見せるのだ。
絶対に自分からは、ねだらない。絶対にだ。僕はお揃いが欲しい訳ではないのだから。
本当に欲しいものを手にするには、 時を待てば良いだけだ。
ただ、少しばかりその時が早くなるように仕向けるだけ。
兄の自尊心を擽って興味を他に向けさせれば、良いだけだ。
僕はただの、兄が大好きな弟。いつも大好きな兄を喜ばせるのが大好きなのさ。
スペアとはいえ大切にされていたので、新しいものを貰うこともあったが、兄から譲られたもの程有難がって大切に扱えば、次第にお下がりが多くもなる。
分を弁えた、よいこよいこの弟王子の出来上がりだ!!
徒に家族の不和を招くつもりはなかったが、移り気で飽きやすい兄は、物を大切にしなさいとよく叱られるようになった。
◆◆◆◆
10歳になって前世の知識を手に入れた時に、これは恋愛小説の話の世界だと気がついた。
貴族令嬢が婚約者の王子をビッチにネトられて婚約破棄。裏切られ傷ついた令嬢を王子の従兄弟が寝取って、新しい恋で垢抜けた姿に王子の脳が破壊される話だ。
妹から押しつけられた女性向けの。やっぱり男女問わずNTRは正義だよな。
思わず、キュンキュンしちゃうよな。
あれ、王家の親戚の公爵家って従兄様じゃないか。
なんて、なんて羨ましい。僕が代わりに寝取りたい。
いやむしろ、僕が当て馬になってからの、従兄様の流れもありだな。
なんという美味しい状況だろう。
神様、転生させて頂き本当にありがとうございます。
僕は前世からネトリネトラレものが大好きという性癖があった。
汚いモブおじさんでは、駄目だ。奴には任せておけない。
イケメンチャラ男はオカズとしてはアリだが、格上の奴に奪われるシチュエ―ションの方がグッとくる。
脳破壊と人間関係の後引を含めて楽しむ、そういう情緒こそがネトラレの、醍醐味だ。
『僕のほうが先に好きだったのに』からの、男の影響でヒロインが垢抜ける展開には、スタンディングオベーションを送りたい。
大学の頃の僕は、相談女のお姉さんのお世話になりながら、カップルの女から誘われては励み即座に男の方にチクるという、青臭い日々を過ごしていた。
我ながら、浅く愚かな男だった。
簡単にネトレる女の子は簡単にネトラレるのだ。
チャラ男ムーブでヤレるのは、知り合いがとりあえずで付き合った女が精々だ。
そんなのは『寝取り・寝取られ』じゃなくて、安い浮気だ。
男は『別名保存』、女は『上書き保存』とはよくいうけれど、浮気相手の女の子たちとでは、書き込める程の思い出を作る関係にまで至れなかった。
一回ヤってリリースするだけの関係では何も取れないし、取り返されてもいないに決まっている。
セフレのヤリチン如きが、何かを手にすることなど、無かったんだ。
間違えてしまったことで、どうしようもない孤独にも陥ってしまった。
違うんだ。欲しかったのはこんな生活じゃない。
性欲なんかに、負けている場合じゃねえ!!
カップルクラッシャーで、人の女に手を出すクズなんかには、本当の友達なんて出来る訳がないだろう。
僕の前を通り過ぎていくのは、所詮まがいものばっかりじゃないか。
親友の彼女とか、幼馴染の初恋の君みたいな、そういうクソでか感情のある相手を奪ってこその、本物で、それこそが真の寝取りだろ!!
本物との出会いがなければ、いつまでたっても満たされないんだよ。人間という奴は。
大切なことに気がついた僕は、心を入れ替えた。
孤独は人を駄目にする。
怠惰な生き方をやめて、真面目に生きるんだ。
男同士の武勇伝染みたチープな猥談で終わらない、もっとガチめな甘酸っぱい恋バナを聞けるレベルの人間性を、手に入れるんだ。
それから、社会人になって五年目で、何故か会社の先輩に刺されて死んでしまったんだ。
いい先輩だったけど、部署が変わってからの付き合いで、そこまで親しくなかったよな。
彼女を寝取ってもないのに。どうしてだろう。全くひどい話だ。
僕だって、普通に結婚とかしてみたかったんだ。
寝取って手に入れた妻に『やっとあなたと結ばれたのに置いていかないで』と涙ながらに見送られ、
傷心の彼女を支えた幼馴染との再婚報告を墓参りで受けるというような細やかな夢もあったのに。
せめて僕の葬式がきっかけで、元カノが友達と出会っていることを祈るしかない。
結婚式のスピーチで涙ながらに僕との思い出を語ってくれてるといいなぁ……。
志半ばとは言え、死んでしまった以上、僕はこの世界で、生きていかなくては。
さっそく公爵令嬢を義姉様と呼んでいいか、許可を取られなくては。
義姉様……。ロマンがある響きだ。えっろ。なんという破壊力だろうか。
前世の僕には兄がいなかったからな。
そういう意味で兄の婚約者を寝取るだなんて貴重な機会にも、恵まれなかった。
従兄さんにお願いしたい反面、ここは自分で寝取ってみるという夢も捨てきれない。
幼少期から兄と義姉との関係が、じっくりコトコト煮込まれていくのを、見守り続けるとか、最高過ぎるだろう。
あぁ神よ、新しい人生に感謝します。この機会に僕は新しい道をしっかりと歩んで参ります。
◆◆◆◆
移り気で気分屋の兄上が、婚約者同士のお茶会をすっぽかす度、僕は代わりにお相手させて頂いた。
義姉様への誕生日プレゼントも、僕が代わりに選ばせて貰った。
王妃教育で、王宮に来る度に挨拶を交わす。
国のため、兄上のため、努力を重ねる彼女の姿は、本当に尊いものだ。
積み重ねる時間が、僕の思いを確かに育んできた。
幼いから、ずっとあなただけを見つめてきました。
愛しい愛しい義姉様、僕のこれまでの人生はあなたと出会うためのものだったと、確信しています。
どうか、これからの未来を、あなたと共に歩むことを、お許し頂けないでしょうか。
天竺すいとん様の『悪役令嬢はNTRをご所望です。』https://ncode.syosetu.com/n2552hj/
という作品から、「NTR」というテーマと「成人」「冗談」などの要素をお借りいたしました。
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他の短編も基本的に名前なしのテンプレで構成されています。
お時間のある方はお読みいただければ、幸いです。