98.応援合戦
「え、まだ昼休みじゃ……?」
「元々は正式プログラムじゃなくて、有志による余興だったからね、その名残」
「へぇ、でも点数入るんだろ?」
「うん。最初は人気がなかったみたいでさ、結構高めの点数が入るようにしたら、どこもこぞってやりだしたってわけ」
「なるほど」
翔太が疑問の声を上げると、横から体育祭実行委員である美桜が説明してくれる。
そして英梨花を中心に女子たちが「そろそろ準備しなきゃ」「緊張してきたよぅ」「練習通りすれば大丈夫」と騒めきだす。
翔太たちクラスの応援合戦の参加者は女子たちだ。彼女たちは意気揚々と準備のためにこの場を離れていく。
後に残された男子陣たちと共に、翔太も他の組の応援を眺める。
カニに扮した横歩きダンスや自分の組の色を使ったフラグパフォーマンス、道着姿での演武に和太鼓等々。多種多彩な応援はどれもクオリティが高く、見ていて飽きない。この時ばかりは敵味方を忘れて見入ってしまう。
そして翔太たちのクラスの番がやってきた。
彼女たちの入場と同時に、観戦している他のクラスからどよめきが上がる。
その気持ちはわからなくはない。
女子たちは全員、チアガール姿だった。ノースリーブで裾丈が短いトップスにミニスカートの、ちらりとおへそを覗かせる可愛らしくも色っぽさを感じさせる衣装だ。そして手には自分のクラスの色を表す白いポンポンを持っている。
それだけでも目を惹くというのに、その中心にいるのは英梨花だ。
ただでさえ日本人離れした容姿、この国では珍しいミルクティ色の長い髪で校内でも注目を集めている英梨花が、普段は隠されている二の腕やおへそ、太ももを露わにしていれば、男子だけでなく女子も目を釘付けにされてしまうというもの。
各所から大きなため息が漏れれば、クラスの皆はどこか得意げな顔になるものの、しかし翔太は苦笑い。妹がこうして見世物になるのは、過去のことを思えば心境は複雑だ。
やがて少し前に話題になった歌が流れ出す。アニメの主題歌にもなった、誰でも一度は耳にしたことのある曲だ。
英梨花たちは曲や歌詞に合わせ、独特のキレのある踊りや掛け声を発し、ペンライト代わりにとばかりにポンポンを振り回す姿は、まさしくオタ芸のそれ。周囲からは意外なパフォーマンスに、思わずしてやられたと驚き交じりの歓声が上がる。
ちなみにチアでオタ芸というのは英梨花の発案だった。
教室でも美桜と六花を巻き込み、周囲に動画を魅せながら、『チアは王道、王道は強い。そしてオタ芸は見た目が派手に見えて割と簡単!』と力説していたのをよく覚えている。もっともそのおかげで、今のように中心で踊る羽目になってしまったのだが。
とはいえ、その目論見は大成功のようだった。
歌とオタ芸が終わると共に、他のものより一際大きな拍手喝さいが巻き起こる。
周囲のクラスメイトはガッツポーズを取り、遠目にも手ごたえを感じたのか、少々ドヤ顔の英梨花たち。これは結果を期待できるだろう。
和真もまた、応援合戦の成功を祝うかのように肩を組んできた。
「いやぁ~よかったな、翔太!」
「あぁ、俺は英梨花がああいう大舞台でやり遂げたってこともあって、感慨深いよ」
「ははっ、妹ちゃんの当初の人見知りを思うと、えらい変わりようだ。けど、これから大変かもよ?」
「大変?」
「だって考えてもみろよ。最近すっかり明るくなって積極的にもなったし、さっきだってお弁当を自分から勧めてさ、色んな人に話しかけられてただろ? そして今のでこれだけ目立ったんだ。他の学年からも、どんどん妹ちゃん狙いの人がくるかもよ」
「それは……」
そう言って和真は他のクラスへと視線を促す。彼らの視線の多くが英梨花に向いている。それだけじゃなく、耳をすませば通りすがりの人たちからも「あの子やば、めっちゃ美人!」「ほら、今年の1年代表の」「肌白っ、やばっ、彼氏とかいるんだろうな~」といった声が聞こえてくる。
英梨花自身は過去の経験から色恋沙汰のごたごたに巻き込まれるのは勘弁、あらかじめそういうところとは距離を取るのが一番とは言っていた。
しかし英梨花の事情を考えず、向こうからひっきりなしにやって来られても煩わしい。また、変な逆恨みもされかねない。……美桜の時のように。
それに英梨花は美桜のように、翔太と偽装カップルを演じるという手は使えない。
渋面を作る翔太の背中を、和真はニヤニヤしながら叩く。
「頑張れよ、お兄ちゃん」
「…………おぅ」
返事の声は、やけに不機嫌になっている自覚はあった。