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95/101

95.200メートルの勝負



 200メートル走が始まった。

 数十秒の攻防、飛び交う声援、勝敗の悲喜交々(ひきこもごも)

 それらがテンポよく消化されていき、あっという間に翔太の番に。

 翔太はスタートに並ぶと、ぴりぴりと肌を刺すような空気を感じた。

 左右に並ぶのは、真剣な眼差しでゴールを睨む他の組の選手たち。

 あぁ、懐かしい。ここは正に勝負の舞台。こうした空気は嫌いじゃない。翔太も自然と身が引き締まる。

 やがて空砲が青空に轟き、それを合図として一斉に駆け出していく。

 翔太は別に特段、足が速いというわけじゃない。

 しかし今でも定期的に走り込みをしており、持久力にはそれなりに自信がある。

 狙うは初っ端からペース配分を考えず、全力疾走からの逃げ切り。

 目論見通り、頭1つ飛び出したスタートを決める。

 とはいえ、200メートルは短いようで長い。

 中盤を過ぎからの追い込みとなれば、差はどんどんと縮まっていく。

 追い上げてくる選手には余裕があり、呼吸も乱れてきている翔太に向かって馬鹿なやつ、とほくそ笑む。

 息が苦しい。空気が足りない。しかし負けて堪るかと歯を食いしばるものの、並ばれてしまう。

 ――自分の持久力を過信し過ぎたか?

 脳裏にそんなことが過ぎった時だった。


「しょーちゃん、そのまま駆け抜けろーっ!」

「兄さーん、頑張って!」


 ふいに美桜と英梨花の声が聞こえた。他のクラスメイトも応援してくれているはずだが、翔太の耳には2人の声だけがはっきりと聞こえた。

 ちらりと視線を移せば、身を乗り出し不敵な笑みを浮かべながら片手を振り回す美桜に、両手の拳を胸の前で握りしめはらはらしている英梨花の姿。


「――っ!」


 すると翔太は口元をニヤリと歪めると共に、軽くなった身体は妹と幼馴染の声に背を押され、風のようにゴールに運ばれるのだった。

 1位の順位旗を受け取った翔太は、乱れた息を整えるように深呼吸。


(俺も大概、単純だな)


 なるほど、これは皆も頑張るわけだと、自らに呆れたように笑う。

 その時、またも空砲が鳴り響いた。

 反射的にスタート地点に目を向ければ、走りだした北村の姿。

 先ほどの翔太に感化されたのか、北村も初手から全力疾走。その顔には鬼気迫るものがあった。

 そして翔太と違い、後半に差し掛かっても速度は衰えず、どんどん他の3人を引き剥がしていく。その様子に危うげもなにもない。


(さすがだな)


 素直に感心する翔太。

 現役のバスケ部でも頭角を現し、運動部員たちの信頼も厚いだけある。


「すごいぞ、北村くん! そのまま1位取っちゃえーっ!」

「――――っ!?」


 するとその時、一際大きな美桜の声援が響くと共に、それに気を取られた北村は盛大に足を縺れさせてこけてしまった。

 たちまち周囲から上がる悲嘆の声。翔太も思わず天を仰ぐ。

 当然次々と抜かされていき、北村は最下位に。

 しかし他の選手がゴールした後も、北村は立ち上がれないでいた。

 北村はただ、トラックの上で蹲っている。その表情はここからはわからない。

 それほど大きな怪我をしたのだろうか?

 翔太は居ても立っても居られなくなり、順位旗を隣の人に押し付け、駆け寄る。


「北村、大丈夫かっ!?」

「っ、あぁ、すまない。せっかくの勝てるところを……」

「バカッ、そんなのどうでもいいから! ケガは大丈夫なのか?」

「ちょっと捻っただけだ。これくらい、少し休めば」

「って、腫れてるじゃねーか。いいから保健室行くぞ!」

「あ、おいっ!」


 見た目にも赤々しくなっている患部を見た翔太は、有無を言わさず北村を背負い、保健室へと運ぶ。

 周囲から何事かと騒ぎ声が上がるが、敢えてそれは無視をする。美桜か六花、もしかしたら英梨花もそれとなく周囲に説明し、なんとかしてくれることだろう。

 最初は背中で抵抗するかのように身動ぎしていた北村も次第に大人しくなっていく。

 そして北村は張り切り過ぎて失敗した自分を恥じるかのような声色で、囁くように礼を言った。


「……ありがとう」


 やはりこういう時でも律儀な北村に翔太はくすりと楽し気に笑い、なんのてらいもない胸の内を伝える。


「気にすんだ。友達だろ?」

「……っ、あぁ!」


 そして北村は一瞬息を呑んだ後、弾んだ声を返した。



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