93.ちょっとしたヤキモチ
和真はそんな翔太の反応に眉を寄せて、ふぅ、とため息を吐く。
そして仕切り直しとばかりに、別の話題を振った。
「それにしても翔太、アクセサリーだなんて五條に思い切ったプレゼントしたな。今までのことを考えたら、圧力鍋とかちょいとお高いオーガニック洗剤とかしそうなものだけど」
「正直、最初はそういうのが思い浮かんだよ。けど、英梨花がちゃんと女の子らしいものをって言ってな。まぁ本人は喜んでくれてるみたいだが……」
「いや、ばっちり似合ってると思うぜ。ほら、アレ見てみろよ」
「あー……」
視線で促された先を見てみれば、陶然とした表情の北村の姿。どうやら美桜に見惚れているらしい。なんとも複雑な声を漏らす翔太。
北村はこちらの視線気に気付くと気まずそうな顔になり、目を泳がす。そして難しそうに顔を歪め、眉間に手を当て少しの間考え込んでから、こちらにやってきた。
「あーその葛城くん、あのプレゼントは五條さんを魅力的に引き立てている。悔しいが僕にはあれは選ぶ発想がなかった。きっと、君は本当に彼女のことをよく見ていて考えているのだと、思い知らされたよ」
「お、おぅ……」
そう言って北村はどこか憑き物が落ちたかのような、爽やかな笑みを浮かべ、美桜はお前に任せたとばかりに虎哲と同じように右手の拳を突き出してくる。
どうやら北村から美桜の彼氏としてのお墨付きをもらったらしい。少し頬を引き攣らせながら、同じように拳をぶつける翔太。
隣の和真は、声を殺して笑っていた。
◇
そんな一幕があったものの、翔太たちのクラスは体育祭に向けて一丸となっていた。
美桜は連日、委員ということもありクラス外の仕事で東奔西走。
元々こうしたことを好む美桜は意気揚々。その美桜に負けじと奔走していた北村は、頑張り過ぎてへばったりも。
教室の方はといえば、各々出場する種目を決めた後は、応援合戦で何をするかの話し合いがほとんどだ。そして意外なことに、その中心に躍り出たのは英梨花だった。
「私に策がある。運動音痴の私でもうってつけ!」
「それ、私も参考動画見せてもらったけど、皆で揃うとすっごく良さそうだったよ!」
どうやら応援合戦でやりたいことがあるらしく熱弁を振るっており、そして六花が意見のサポートをしていた。六花は色々と言葉足らずな英梨花をフォローしてくれている。それは今までならきっと、美桜か翔太がしていたことだろう。
バイトは英梨花を、本当いい方向に導いてくれていた。翔太も後方で腕を組み頷く。
また、今の英梨花は話しかけやすかったりもするのだろう。これをいい機会とばかりに、男女を問わず話しかけるクラスメイトも多い。
そして英梨花もまた、彼らに活き活きと返事をしていた。
「そんな顔をするなよ、翔太」
「そんなって、どんなだよ」
「妹にちょっかいを出すようなやつがいたら、今にも飛び掛かって喉元を食いちぎりそうな、獲物を狙う肉食獣の顔?」
「……なんだよ、それ」
和真の茶化すような物言いに、憮然とした顔を返す翔太。
しかしこの友人のいうことに、心当たりはあった。取っ付きやすくなった英梨花は今、急速に男子の間で人気になっていることをよく耳にする。兄として変な虫がつかないか心配になるのは、当然だろう。
そんな翔太に和真は、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて小突く。
「まぁ実際に妹ちゃん、オレらの知らないところで結構アプローチされてるらしいぞ」
「……む」
「でも悉く、好きなタイプは兄さんっていって断ってるらしいぜ」
「そ、そうか」
「シスコン冥利に尽きますなぁ」
「うっせぇ!」
友人から知らされる思わぬ英梨花の断り文句に、眉を寄せながらもだらしなく口元を緩ませる翔太。それを見て愉快気に背中を叩く和真。
準備期間中、学校ではそんなことがあったものの、順調に過ぎていく。
家は家で委員の関係から帰宅が遅くなってしまう美桜に、バイトで遅くなる英梨花。
いつも通りの生活リズムが乱れがちになるものの、それぞれしっかりと連絡を取り合い、美桜の代わりに買い物と下ごしらえを済ませたり、時には英梨花のバイト先の三諸からお好み焼きや焼きそばを持ち帰ったり。そんな風に体育祭の準備をしっかりこなしつつ、家のこともフォローしあい、家族としてそれぞれを助け合う。
今までならできなかったことだろう。より絆が深まったことを実感する翔太。
そしてあっという間に、体育祭当日が訪れた。