92.連休明け
ゴールデンウィーク明けの学校は、大型連休明け特有の倦怠感はどこにもなかった。
そこかしこで目前に迫った体育祭についての話題で持ち切りで、活気付いている。
そんな校舎の廊下を歩きながら、美桜と英梨花は弾んだ声を上げていた。
「いやー、ゴールデンウィークが終わったら次はすぐに体育祭だね! 準備とかで授業も少なくなるみたいだし、楽しみ!」
「私もできること頑張る!」
「応援合戦どうするかとかまだまだ揉めてるみたいだし、あのへんあたし苦手だからなぁ、えりちゃんに色々相談することになるかも!」
「ん、任せて!」
仲良く体育祭について話す美桜と英梨花を、翔太は少し後ろから眺める。
家からずっとこの調子だ。すっかり英梨花と美桜の仲は元通り。翔太の口元が自然と緩む。
そうこうしているうちに教室に着いた。
「おっはよー」
「……お、おはよう」
「おはー美桜っち――が、髪飾りなんてしてる!?」
挨拶をしようとした六花が、目敏く美桜の髪飾りに気付く。
それまで一緒に話していた女子たちも、どうしたことかと騒ぎ出す。
「あ、ほんとだ可愛いー、似合ってるよー!」
「もう中学時代の五條さんは居ないのね……それにしてもどうしたの、それ?」
「へへーん、昨日誕生日だったからさ、しょーちゃんからプレゼントしてもらったの!」
そして美桜がこちらに向かってにこりと笑えば、目を光らせた彼女たちの視線が一斉に向けられ、ビクリと肩を跳ねさせる翔太。
「うっそ、あれって葛城くんが選んだの!?」
「意外といえば意外だけど、センスいいじゃん!」
「ね、ね、どういうつもりであれを選んだの?」
「やっぱり身を着けるもの、ってことで自分を感じて欲しいとか」
「えぇっと、それはだな……」
案の定、翔太は目を爛々と輝かせた六花たちに取り囲まれ、たじたじになってしまう。
助けを求めて美桜の方を見てみるも、また別の女子グループに囲まれている。
眉を寄せ、低い唸り声を上げる翔太。
すると意外なことに、英梨花が助け船を出した。
「それ、私と一緒に選んだの」
「っ! あぁ、英梨花に手伝ってもらったんだ」
こうして教室で英梨花から話しかけてくることは珍しい。
翔太だけでなく彼女たちもビックリした様子だったが、最近バイトで一緒の六花だけは別だった。
驚くことなく、食い入るようにして英梨花に問いかける。
「英梨ちんも一緒だったんだ! ね、どうしてそれにしたの?」
「色々迷ったけど、みーちゃんに一番似合うのがどれかって考えて。ね、兄さん?」
「あぁ。他にもいくつか候補はあったけど、結局一番最初に見つけたそれにしたんだ」
「へ~、他にはどんなの選んだの?」
「どうせなら兄さんと同じ髪の色のものに、とも思ったんだけどね。それだと独占欲が強すぎる感じになるかなぁって」
「っ、うわそれやっば! てかそれ、葛城くんだからこそできるやつだじゃん!」
「きゃーっ! アクセで自分の色に染めて、完全に俺のモノだぜアピールできる!」
「ちょっとキュンときたし! あれでも、どうして髪飾りに?」
「ん~、指輪とかもいいかなって思ったんだけど、みーちゃん家事するときその度に外さないとダメだし、あとおっちょこちょいなところあるから……」
「あー美桜っち、付け外しした拍子になくしそうかも!」
「あはは、ひどーい! でもわかるー!」
「五條さんって案外――」
「でもでも、そこが危なっかしいから――」
英梨花を中心に翔太をそっちのけで話が盛り上がっていく。
その様子はもう、すっかりクラスの一員だ。今だって自分からのプレゼントはお揃いのキーホルダーだと、惚気るように言っている。
翔太はそのことに驚きつつも、嬉しいやら少し寂しいやら。
目を細めて妹を見ていると、横から「よっ!」と声と共に肩を叩かれた。和真だ。
和真は翔太と同じように英梨花たちを眺め、感心したように言う。
「妹ちゃん、入学当初からはすっかり変わっちまってるな。連休中に何かあったか?」
「いや、特に何も。あぁ、バイトを始めたくらいか?」
「へぇ、よほどいい経験になったんだな。こりゃ翔太もうかうかしてられねぇな」
「……そう、だな」
軽口を叩く和真に翔太は、苦々しい笑みを返すことしかできなかった。