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91.うちの妹を頼む


 翔太が選んだプレゼントは、先日英梨花も似合いそうだといっていた髪飾りだった。黒髪の美桜によく似合う、赤い花をあしらった可愛らしいものだ。

 美桜は固まったまま、どんどん顔を赤く染め上げていく。

 思えばこうした、女の子らしいものを美桜にあげたりするのは初めてだ。気恥ずかしさから頬が熱を持っていくのを自覚する翔太。

 互いにこういう時どう反応していいかわからず、むず痒い空気が流れる。やがてこの空気に耐えられなくなったのか、翔太は言い訳するかのように早口で言った。


「あーそれ、返品は受け付けないからな。俺が持っててもしょうがないし、気に入らないなら部屋のオブジェにでもしとけ。だから大人しくプレゼントされと――」

「っ!」

「――って痛っ……美桜!?」


 すると美桜が勢いよく抱き着いてきた。

 突然のことで受け止めきれず、尻もちをついてしまう翔太。

 押し付けられた英梨花とは違う柔らかな双丘に、胸が不規則に早鐘を打つ。

 一体どういうつもりだと目を向ければ、当の美桜本人も自分のしたことがよくわかっていないようで、驚いたような顔で目を回していた。そしてしどろもどろになりながら、頭の中を整理するかのように、思ったままの言葉を零す。


「そんなことしないから! えっとね、最初は普通に驚いたんだと思う。可愛いなーとか、あたしには女の子っぽすぎるなーって思ってたら、しょーちゃんに似合うと思ったって言われた瞬間、頭の中が真っ白になっちゃって。でもそれから胸がぎゅーってなってうわーって熱くなっちゃって……これ、自分ても思ってる以上に嬉しいんだと思う……!」

「お、おぅ。それならよかった」


 そう言って、いそいそと髪飾りを合わせてはにかむ美桜。


「どう?」

「あぁ、よく似合ってる」

「そっか。えへへ……」


 いつもの見慣れた部屋着姿だというのに、やけに可愛らしく見え、ドキリとしてしまってまともに顔を見られない。

 美桜もまた、翔太の感想に言葉がなく、にへらと相好を崩している。思い返せばここまで美桜が喜ぶ顔を見たのは、母を亡くして以来初めてかもしれない。

 そんな美桜を見ていると、翔太の胸に暖かなものが広がっていく。

 とにかく、英梨花の言う通りプレゼントは正解だったようだ。

 するとふいに、美桜はおろおろとしたような声を漏らした。


「ど、どうしよ。あたしお礼とか何も用意してない。しょーちゃんの誕生日も、いつも通りスルーしちゃったし!」

「いいよ、別に。そういうの目当てじゃないし。プレゼントしたいから、しただけ」

「でも……あ、そうだ! プレゼントがあたしってのはどう? ほら、おっぱい揉む?」

「美桜、お前な……」


 照れ隠しも兼ねているのだろうか。いつもと同じような揶揄う調子で、恥じらいのないことを言い出す美桜に、呆れたため息を零す翔太。

 こういうところは、美桜の悪い癖だ。

 先ほどだって、着替えを見られることにとんと無頓着だった。それにこんなだから勘違いする男子が出てきて、偽装カップルを演じる羽目にもなったのだ。

 自分が可愛くなったという自覚、そもそも自分が女子だという意識が欠けている。そう思うと、ふつふつと苛立ち交じりの得体のしれないものが腹の奥底で渦巻いていく。

 美桜はにししといつもと同じ、あっけらかんとした調子で笑っている。


「プレゼント、それでいいんだな?」

「え?」


 翔太は半ば使命感のようなものに突き動かされ、反射的に美桜と体勢を入れ替え、押し倒す。両手首を掴み、床に縫い付け、身動きできないようにしてから目を細め、射貫くかのように美桜を見つめる。

 まさに今から襲いかねないような体勢と状況。

 互いの顔は息がかかるほど近い。

 美桜は突然の翔太の行動への理解が追い付かず、ただ目を大きく見開き瞳を揺らす。

 翔太は努めて真剣な声色で、半ば脅すかのように美桜へと迫る。


「美桜」

「え、ええっと……?」


 名前を呼べばびくりと肩を震わせ、身を固くする美桜。

 美桜は手を動かそうとするものの、びくりともしない。男と女というだけじゃなく、今はもう子供の頃とは随分と体格に差がついてしまっているのだ。

 翔太はジッと美桜を見つめ続ける。

 自分の身の危機を感じたのだろう。その顔には少しばかりの恐怖の色が見て取れた。

 その反応に少しばかり留飲を下げる翔太。

 これに懲りて、少しは行動を改めてくれればいい。

 ふぅ、と息を吐き、身体を起こそうとした時、縫い留めている美桜の身体から力が抜け、弱々しい声が聞こえてきた。


「しょーちゃんなら、いいよ……」

「…………ぇ?」


 今度は翔太が混乱する番だった。

 恐れはあるものの、まるで翔太がしようとしていることを全て受け入れ、肯定するかのような声色。

 目の前から聞こえてくる吐息はどこか艶めかしい。


「しょーちゃんだって男の子だもんね。あたしの都合に付き合わせちゃって、他の女の子と付き合えないし。一応あたし彼女だし、そういうの受け止めるのも役目かなぁって」

「おい、美桜……」


 そう言って美桜は目を瞑った。

 何をしても許してあげるよというような、慈愛交じりの表情で。

 元々少し脅して、忠告するつもりのだけだったのだ。

 どうしていいかわからなくなった翔太は、とりあえずネタバラシをして話を聞いてもらおうと、右手を話して肩に置く。


「……ぁ」

「――っ!」


 すると美桜はびくりと反応し、今まで聞いたことのない色めいた声を上げる。

 翔太にまるで脳を揺さぶられたような衝撃が走り、くらくらしてしまう。

 血が集まり、理性を追い出そうとするのがわかる。

 これは、まずい。

 翔太の目には美桜はどこか蕩けるような表情をしており、やけに魅力的に映ってしまう。この甘美な誘惑に抗うことは、ひどく難しい。

 ごくりと喉を鳴らす。

 すると美桜は焦らされているかのような、切なげな吐息を漏らし、それが頭の片隅にあった罪悪感や躊躇いを溶かしていく。


「美――」

「おーい翔太に美桜、いるのかー?」

「――っ!」「っ!?」


 正に一線を越えかねないかというその時、外から虎哲に声を掛けられた。慌てて身体を離した翔太と美桜は、すぐさま背中合わせになって正座する。

 無遠慮にドアを開けた虎哲は、そんな2人を見て怪訝な声を上げた。


「何やってんだ、お前ら?」

「えっと、何だろ……プレゼント交換?」

「そうそう! 兄貴は何の用、っていうか乙女の部屋に勝手に入って来ないでよ!」

「ははっ、悪ぃ悪ぃ。いや、今から帰ろうと思ってさ、それで」

「え、てっちゃん今から?」

「もう夜もかなり遅いよ?」


 思わず意外そうな声を上げる翔太と美桜。

 夕飯もとっくに食べ終え、かなりいい時間だ。電車も、もうないだろう。


「さっき調べたら夜行バスがあってな。電車より割安でさ、それに元々今日の夕方には帰る予定だったし」


 そう言って眉を寄せて答え、身を翻す虎哲。

 翔太と美桜も顔を見合わせ追いかける。

 玄関には既に帰り支度を終えたのか荷物が置かれており、そして英梨花も居た。英梨花もいきなりのことで戸惑っている様子だ。

 あまりに急な虎哲の帰るという宣言に、驚きを隠せない。翔太と美桜も困ったような笑みを返すのみ。

 しかし靴を履き終えた虎哲は振り返り、明るい声で言う。


「なんだかんだ楽しかったよ。それに、お前らちゃんとやれてるようだしな」

「そりゃしょーちゃんは元からそれなりに家事はできるし、料理だってえりちゃんに頼れるし、こっちは何も心配ないって」

「あははっ! 何より、美桜がそう言えるようだから安心したんだよ」

「…………むぅ」


 まるで心の内を見透かしたかのような虎哲の言葉に、憮然と唇を尖らせる美桜。その顔は、照れからか少し赤い。

 虎哲はそんな()を揶揄うように笑った後、翔太と英梨花に向き直り、真摯な顔を作って言う。


うち(・・)の美桜を頼むな」

「おう、わかってるって」

「ん、任せて」


 突き出された拳に、翔太もコツンと拳をぶつけて答え、互いにニヤリと笑みを零す。

 その様子をしばしむず痒そうに見ていた美桜は、はたと何かに気付き、茶化すように言う。


「もしかして兄貴が急に帰るのって、真帆先輩と同じ夜行に乗るからだったりして」

「っ!? そ、そんなんじゃねぇよ……っ!」

「お、この反応は図星だ。兄貴もさ、好きならちゃんと言わないと――」

「あーもー、うるせーっ! また来るからな!」


 顔を真っ赤にした虎哲は逃げるようにして葛城家を去っていく。まったく、別れの余韻もへったくれもない。

 後に残された3人は子供っぽい虎哲の行動に、顔を見合わせ声を上げて笑うのだった。



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