89.お揃い
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美桜は一体何が起こったのかわけがわからないという顔をしていた。
まさかいきなり誕生日を祝われるとは思っても居なかったのだろう。英梨花とは昨日の件でギクシャクしていたはずだし、翔太はずっと祝っていなかったを理解しているはず。それなのに何故、と。
翔太にとってもこれは、ある種の賭けだった。
幸いにして今のところ、美桜に忌避の色は見られない。
虎哲と目が合うと、親指を立てながらニッとした笑みを返される。どうやら間違ってはいないとお墨付きをもらい、ここでやっと翔太は胸を撫で下ろす。
「みーちゃん、お腹空いちゃった! ごはんにしよ?」
「ぇ、ぁ」
そう言って英梨花は嬉々として、困惑する美桜の手を引きリビングへ。翔太と虎哲もすかさず後に続く。
されるがままの美桜はダイニングテーブルの上に広がる準備万端のお鍋一式と、その隣のとあるものを見て、更に目を見張った。
「これって……」
「誕生日ケーキ焼いてみたの!」
「鍋の用意もしたけど、そっちは火加減とかわからないから具材切っただけだけどな」
いつも美桜が座る席の前にはミルフィーユ状にお好み焼きを重ね、マヨネーズや青のり、かつおぶしを駆使してケーキのようにデコレーションしたものが鎮座していた。中央にはソースで『Happy Birthday』の文字が書かれている。
目を瞬かせる美桜に、少しばかり気恥ずかしそうな英梨花と翔太。
そして虎哲はといえば、声を上げて手を打ち、呵呵大笑。
「ははっ、こりゃいいや。お好み焼きだけど、確かに誕生日ケーキだな!」
「ん、私それしか作れないから」
「てっちゃんが持ってきた土産の、たこ焼きにしか見えないシュークリームを参考にしたんだよ」
「ちなみにマヨネーズで山を作ってる一画は兄さんが御所望」
「翔太、お前相変わらずマヨラーなのな」
「見てるだけで、ちょっと胸焼け……」
「……いいだろ、別に。好きなんだから」
そんな軽口を叩き合い、虎哲を中心に笑いが広がっていく。
当の美桜本人はというと、未だどうしていいかわからない顔をしている。
そんな美桜に英梨花はラッピングされた袋を取り出し、手に取らせた。
美桜は袋と英梨花の顔を交互に見やり、まごついている。
すると虎哲がぽんっ、と美桜の肩を叩いた。
「美桜、開けてみろよ」
「うん。これって……」
中に入っていたのは、美桜の髪と似た毛並みの黒猫をモチーフにした可愛らしいキーホルダー。
「ちなみに俺のはこれだ」
「私のはこれ。みんなでお揃い!」
そう言って翔太はサビ柄の猫のキーホルダーを、英梨花は以前再会した時にプレゼントした茶トラの猫のキーホルダーを取り出し、掲げる。それぞれの髪の色が反映された、お揃いのデザインのものだ。
にこにこしている葛城兄妹を眺める美桜は、次第に眉を寄せて瞳を揺らし、そして少し震えた声を零す。
「…………どうして?」
やっとのことで美桜が絞り出したのは、そんなセリフだった。
もっともといえば、もっともな言葉だろう。説明が必要だ。
翔太は一度口を開きかけるも、しかしここはやはり自分よりも英梨花の方が適任だろうと思い、彼女の背中を押す。
突然話を振られる形になった英梨花はこちらに振り返り、どう言っていいのか口籠らせる。
心のままを言えばいい――翔太はそんな思いを込めてにこりと頷けば、英梨花もふっと頬を緩め頷き返し、美桜の目をジッと見据え胸に手を当てながら言う。
「私、みーちゃんのことが好き。今の家事や料理が得意で、世話焼きで明るくて可愛いみーちゃんが大好き。だからそんなみーちゃんが生まれてきてありがとうって、誕生日を祝いたい!」
「…………ぁ」
それはあまりにも真っ直ぐな、英梨花の心からの言葉だった。
翔太にとっても予想外で、だけどこれ以上ない理由だった。
美桜の顔がくしゃりと歪む。
英梨花につられた翔太も、思わずといった風に言葉を繋げる。
「俺もさ、英梨花と同じ気持ちだよ。あぁ、多分だけどずっと祝いたかった。今年は色々あったし、節目というか、高校デビューして生まれ変わったことだしさ、今の美桜を祝おうぜ」
「しょー、ちゃん……」
英梨花と翔太の言葉を受け、みるみる瞳を潤ませていく美桜。
やがて感極まったのか、ぐしゃぐしゃになった顔を見られまいと自分より背の高い2人を抱き寄せ、そして心底大切なものを慈しむかのような声で叫んだ。
「あたしもっ、2人のことが大好きっ!」
「美桜」「みーちゃん」
美桜の行動に驚いたものの、顔を見合わせ抱きしめ返す翔太と英梨花。
虎哲は仲睦まじい様子の幼馴染3人組を微笑ましく見守り、ひゅう、っと口笛を吹くのだった。