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88.誕生日おめでとう


 幸いにして交通規制は数時間で解除された。

 美桜は翔太にもその旨をメッセージで伝えると共に、多少遅くはなるものの夕ご飯は手早く鍋にするから材料を用意しておいてと、買い物リストを送った。

 昼下がりには帰る予定だったので、随分と遅くなったものだ。それでもちゃんと帰れるだけ幸運といえようか。

 バスの窓から見える陽はすっかり西に傾いており、雨も上がっていた。

 空の不純物を洗い流したおかげで西の空と山は随分と鮮やかな茜色をしており、郷愁を誘う。それはきっと、母の墓参りをした後だということもあるのだろう。


「……はぁ」


 知らず、ため息が漏れる。

 母の命日が近く周りが見えてなかったとはいえ、自分が英梨花にしたことを思い返せば、やはり気が重い。

 自分だけが母を、家族を失ったと思い込んでいた。

 そして、その悲しみや傷は、他の人にもわからないだろうとも。

 見方を変えれば、英梨花もまた理不尽な大人の都合で家族を失っていたのだ。あのずっと背中をちょこちょこと追いかけてきた、泣き虫で甘えん坊の、英梨花が。

 頼る相手も取り上げられ、1人ぼっちにされた当時の英梨花のショックは、一体いかほどのものか。

 だから、英梨花は必死だったのだ。

 自分だけ持っていない空白を埋めようとして、以前より仲を深めようとして、奇跡的に取り戻したものを再度手放さぬように。


「あたし、知らないうちにえりちゃんに甘えてたのかなぁ」

「いきなりどうした、美桜?」

「結局えりちゃんなら昔みたいに何も言わなくても、その辺なんとなくわかってくれるはずって思っててさ。よくよく考えたら、まだ再会して1ヶ月とちょっとなんだよね」

「ははっ、なんだそれをいえばオレから見ると英梨花ちゃんも美桜に甘えてるように見えたぞ」

「……そうかな?」

「そうだよ。でも、言葉にしないと伝わらないものがあるからな、そこはちゃんと言った方がいい。大丈夫、英梨花ちゃんの方は翔太がなんとかしてくれてるさ」

「そうだね」


 虎哲と話し、少しばかり気も楽になる。

 英梨花の傍には翔太がいるのだ。きっと翔太なら虎哲の言う通り、英梨花に関しては何かしらフォローをいれていることだろう。そんな信頼があった。

 それこそ翔太にも甘えているということにも気付き、フッと呆れたため息を零す美桜。

 バスと電車は夕陽を追いかけていく。

 いつも使う最寄り駅に着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 気持ち早足気味で見慣れた道を歩きながら、美桜は帰宅してからのことを思い巡らす。

 まずは英梨花に謝るべきか。謝るなら何て言葉を掛ければいいだろう? いや、英梨花にとっては脈絡もなく頭を下げられると混乱するかもしれない。タイミングも重要だ。それに結構遅くなってしまったから、お腹を空かせているだろう。まずは夕飯にした方がいいかも。鍋だからまずはちゃっちゃと白菜とネギを鍋に放り込んで火にかけ、煮立つ間にキノコや豆腐を切って等々、思考は中々纏まらない。

 やがて葛城家が見えてきた。

 そこで美桜は足を止め、ゴクリと喉を鳴らし、表情を強張らせる。

 すると虎哲がポンッと背中を叩いた。

 美桜は振り返り、虎哲に苦笑を返してドアノブに手をかけ、そして不思議そうな声を上げた。


「……あれ?」


 珍しいことに玄関には鍵が掛けられていた。

 外から見てもリビングには灯かりが点いており、ドタバタと物音がするから中にいることはわかる。

 帰る旨は伝えているし施錠にはまだ早いのにと、訝しく想いながらも合鍵を取り出し玄関を開け、帰宅したことを口にした。


「ただい――わ!?」


 家の中へと入った瞬間、パァンッ! と軽快な音が飛び込み、目を丸くする美桜。

 目の前にはクラッカーを打ち鳴らして出迎えた翔太と英梨花。2人とも顔を見合わせて、驚く美桜にしてやったりとほくそ笑んでいる。

 そしてわけがわからず玄関で立ち尽くしたままの美桜に向かい、葛城兄妹は満面の笑みと共に祝いの言葉を述べた。


「「誕生日おめでとう、美桜みーちゃん!」」

「…………え?」


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