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86.トラウマ



「にぃ、に……」


 幼子をあやすように撫で続けることしばし。

 やがて英梨花は安心したのか強張らせていた身体の力を抜き、そしておでこを甘えるようにすりすりと擦りつけてくる。

 なんとも懐かしい気持ちになり、頬を緩ませる翔太。

 小さい頃、英梨花がその髪や容姿のことでイジメられた時も、よく今みたいに慰めたものだ。

 こうして抱きしめていると、英梨花の華奢さもよくわかる。

 再会した時は、ドキリとしてしまうほど大人びた姿になっていた。

 そして最近バイトを始めたり、クラスメイトと話すようになったり、お好み焼きを作って見たり成長と変化が著しい。

 だけどやはり、翔太にとって英梨花は守るべき小さな女の子なのだ。

 今、色んなことに頑張っている()に負けないよう、自身も前に進まねばという気持ちを新たにする。

 停電は一時的なものだったのだろう。

 さほど時を置かずして復旧し、灯かりが戻った。

 それでも翔太はこのまま、英梨花を甘やかし続ける。

 やがて英梨花は落ち着いたのか翔太に抱き着いたまま身動ぎし、低い唸り声を上げ、気恥ずかしそうに呟く。


「うぅ、最悪。兄さんにこんな情けない姿、見られたくなかったのに」

「さすがに俺もびっくりしたよ」

「はぁ、こればっかりは自分でもどうにもならないことだから……」


 ひどく後悔の色を滲ませた声だった。

 やはり先ほどのことは、英梨花自身でもどうしようもないことらしい。

 どうしてかはわからない。ただ、尋常じゃない様子だった。

 何か英梨花にあのようにさせるような出来事が、離れていた空白の時間にあったのだろうか。

 どちらにせよそれは、英梨花の繊細な部分だろう。

 訊ねることに戸惑いと躊躇いがある。

 だけど、今の英梨花についてあまりに知らないことが多い。

 それに英梨花は家族()なのだ。

 ()として英梨花のことを知り、理解して怯えているものから守りたいという使命感にも似た想いに突き動かされ、翔太は一歩踏み込んだ。


「英梨花、雷がその、苦手なのか?」

「…………雷だけ、なら大丈夫なんだけど」

「雷だけなら?」


 なんとも要領の得ない返事に、首を傾げる翔太。

 思い返してみても先ほどの英梨花の異変は、落雷だったはず。

 すると英梨花は顔を上げ、眉をよせて見つめてくる。その瞳を葛藤で揺らし、やがて自嘲の笑みを浮かべて自らの心の脆い部分を話す。


「この家の本当の子じゃないと知らされ、兄さんと離れ離れになった時も、今日みたいに雨で雷が鳴る、真っ暗な部屋だったんだ」

「……ぁ」

「だからどうしても雨と暗がりと雷が重なっちゃうと、その日のことを思い出して、1人ぼっちだと思い知らされちゃって……」

「英梨、花……」


 翔太はすぐさま掛けるべき言葉が見つけられなかった。

 英梨花にとって根の深い問題だ。トラウマになるのもわかる。

 それに本当の兄妹ではないというのは、覆しようのない事実。

 それでもくしゃりと顔を歪める英梨花に、翔太はなんとかして大切に思っていることを伝えようとして、ありのままの心を口にした。


「じゃあこれからは英梨花を決して離さず、1人にしないようにするから」

「兄、さん……」


 翔太の言葉で目を丸くし、ぱちくりとさせる英梨花。

 そして驚きつつも口に手を当てくすりと笑い、可笑しそうに言う。


「それ、なんだかプロポーズみたいに聞こえるね」

「い゛っ!? いやその、もう昔と違って子供じゃないからさ、なんとかするっていう意思表明というか」

「ふふっ、わかってる。でもそうやって()を口説いてどうするの?」

「うぐ……あー、もうっ!」


 英梨花に揶揄われて初めて、随分気障で大胆なことを言ったことに気付く翔太。

 しかし、今更言い直すこともできない。

 遅れてやってきた照れを誤魔化す様に、熱くなった頭を掻く。

 とはいえ、知らなかった英梨花のことを1つ知れたのだ。

 それに塞翁が馬ではないが、美桜のことで沈んでいた英梨花も、すっかり機嫌を直している。

 翔太は結果としては良かったなと、胸を撫で下ろす。



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