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85.異変


 美桜と虎哲が墓参りに出掛けた後も、雨は降り続いていた。

 空はどんどん厚く濃い黒を滲ませていき、昼間だというのに室内は灯かりが必要なほど暗い。

 翔太は自室のベッドに寝転びながら、惰性でなんとなく眺めていたスマホを脇に置き、ふぅ、と大きなため息を吐く。

 天気同様、家の中の空気はどこかどんよりとしている。

 ちらりと壁越しに英梨花の部屋を窺う。気配はするものの、静かなものだ。

 あの後、美桜が誕生日を祝いたがらない理由と共に、それが家事や料理をし出す切っ掛けになったということも説明した。

 それから家族が欠けてしまったことで、暗く淀んでしまった空気を何とか元に戻そうと、母の代わりになって穴埋めをしようと頑張り過ぎて、倒れてしまったことも。

 いつもは明るく調子のいい美桜の、隠された裏の顔と言うべき部分。

 その話を聞いた英梨花は強く唇を結んで俯き、言葉がないようだった。

 翔太だって今でもあの時の美桜の悲愴感と無力を嘆いて泣きじゃくる姿は、これからも忘れられそうにない。


「……うん?」


 その時スマホが通知を告げた。

 画面には美桜の名前が躍っており、すかさず通話をタップすれば、少し焦りを含んだ困った感じの声が聞こえてくる。


『しょーちゃん? 実はこの雨で土砂崩れと事故が起きたみたいでさ、通行規制がしかれて足止めくらっちゃってるんだ』

「え、それは大変だな。大丈夫なのか?」

『うーん、どうだろ。あたしらも近くの道の駅が混んでてさ、そこで話を聞いたばっかだし。とりあえず復旧に向けて動いているみたいだけど、いつ帰れるかはわかんないや』

「マジか。今日中に帰ってこられないとかは……」

『それは大丈夫。最悪遠回りになるけど、タクシー呼ぶって手もあるし』

「ってそれ、一体いくらかかるんだよ」

『あはは、だから最終手段。また何かあれば知らせるね』

「あぁ、わかった」


 そう言って通話が切れる。

 どうやらよくないこと、っていうのは重なるらしい。

 眉を顰める翔太。

 するとその時、部屋にノック音が響いた。


「……兄さん?」


 英梨花がドア越しに、遠慮がちに訊ねてくる。

 きっと通話の声が漏れていて、気になったのだろう。

 立ち上がりドアを開けると、胸に片手を当てた英梨花が心配そうに顔を覗き込んでくるので、翔太は苦笑と共に先ほどの通話の内容を話す。


「どうやら美桜たち崖崩れにあって足止めをくらってるらしく、帰るの遅れるってさ」

「え?」


 翔太の言葉に、驚き瞳を揺らす英梨花。


「大丈夫。本人たちは近くの道の駅にいるみたいだし、それにてっちゃんも一緒だから」

「……そぅ」

「また何かあれば連絡するってさ」

「うん」


 だから心配するなと、にこりと笑いかける翔太。

 英梨花もぎこちない笑みを返し、自分の部屋へと戻ろうと踵を返す。

 するとその時、窓がピカりと雷光が駆け抜けた。

 そして少し遅れて、腹の底から響くような轟音。


「わ!」「っ!」


 大きな雷だった。

 もしかしたら近くに落ちたのかもしれない。

 それを証明するかのように次の瞬間、今度はプツりと電気が消えた。


「――やっ!」


 英梨花は暗くなった廊下に悲鳴のような叫びを響かせ、腰が抜けたようにへたり込む。

 青褪めた顔で肩を震わせ、自らを掻き抱いている。

 雷が苦手なのだろうか?

 翔太は英梨花の大きな反応に驚きつつも、心配そうに声を掛けた。


「おい、大丈夫か?」

「にぃに…………にぃに!」

「っ、英梨花!?」


 すると英梨花は顔を上げて翔太の顔を見た瞬間、幼い頃の呼び方をしながら、ものすごい勢いでしがみつくかのように抱き着いてきた。

 廊下に押し倒される形になる翔太。

 予想外の妹の行動に驚きつつも、英梨花の柔らかな肢体を押し付けられ、鼻腔を少女の甘い香りが擽れば、色んな意味で混乱してしまうというもの。

 英梨花は翔太の目から見ても、魅力的な女の子だ。

 普段しきりに兄であろうと戒めているものの、兄妹と言っても義理の関係で血縁も薄く、遺伝子を混ぜ合わせることに何の問題もないという事実から、不埒なことを考えてしまう。至近距離の唇から漏れ聞こえる息遣いがキスのことを思い起こさせるから、なおさら。不謹慎とわかっていても心臓はドキリと跳ね、血が集まるのを自覚する。


「~~~~っ!」


 するとその時、空はまたも光り低い唸り声を上げれば、英梨花は声にならない悲鳴を上げ、より一層強くしがみついてきた。

 翔太はハッと息を呑み、そこで初めて英梨花の身体が震えていることに気付く。

 いくら雷が苦手とはいえ、これは異常だ。

 少なくとも演技で出来るものじゃない。

 どういうことかわからないが、英梨花は本気で雷で何かに怯え、恐れていた。

 頭はスッと冷えていく。

 代わりにかつて誓ったことを思い出し、ぎゅっと英梨花を抱きしめ返し、安心させるためにかつてと同じように優しく頭を撫で、囁いた。


「大丈夫、英梨花は俺が守るから」



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