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83.墓参り


◇◆◇


 県庁がある山の麓の駅まで電車で移動し、2時間に1本ほどしか発着のないバスで東の山の中へと向かう。

 バスの中には美桜と虎哲以外の姿はなかった。

 山の中というだけあり、周囲には建物はなくひたすら木々のトンネルを潜っていく。まるで森の中を走っているかのよう。

 雨風のせいもあり司会は悪く、窓から見える景色は変わり映えせず、ひどく退屈だ。

 だけど、この道を通るたびに嫌でも母のことを思い起こされる。


「……」

「……」


 美桜と虎哲の間に会話はなかった。

 虎哲は無表情で窓の外を眺めている。母のことを思っているのだろうか。

 だからというわけじゃないが、天気のせいもあり、どこか物寂しく陰鬱な空気が広がっていた。

 そしてバスに揺られること1時間と少し。

 やがて少し開けた場所へと出た。

 四方を山に囲まれこじんまりとした盆地の至るところに、田畑が広がっている。

 まばらに存在する家屋の他は、小さな神社と農業関連の施設がいくつかあるだけの、ろくに買い物をする場所もないような、うらびれた辺鄙な山里だ。ぽつねんと存在している郵便局が、かろうじて外界と遮断されていないことを示しているかのよう。

 今でこそすっかり過疎が進んでいるものの、昔は旧街道の途中にあり、戦前まではそこそこ栄えていたらしい。

 バス停で降り、帰りの時間を確認してから、南の方へと足を向ける。

 雨は葛城家を出た時よりも、強くなっていた。

 ろくに舗装されていない地面はすっかりぬかるんでおり、跳ね返る雨が足元を叩き、靴下はすぐさまびしょ濡れになって眉を顰める。

 歩くこと20分。

 山を少し入ったところにある、この集落の共同墓地に五條家の墓があった。


「…………ぁ」


 1年ぶりに訪れた母の眠る場所を見て、思わず猜疑交じりの声を上げる美桜。

 虎哲はただ淡々と、目の前に映る事実を口にする。


「花、まだ新しいな。親父たち、来てたのか」

「そう、みたい。あたしらが持ってきた花、どうしよ」

「うーん、どっちも捨てるのはもったいないしな。一緒に入れちまうか? ちょっとそれ、貸してくれ」

「はい。けど、さすがに見るからに2束分は厳しそうじゃない?」


 虎哲は無理矢理入れようと努力してみるも、さすがに容量的に入りそうにない。

 1つの花づつには1束が限度。それ以上は溢れてしまう。

 当然といえば当然のこと。困った顔を見合わす美桜と虎哲。


「さすがに無理か。しょうがない。それぞれ半分ずつって感じにさせてもらうか」

「……そうだね」


 美桜は両手で作業する兄へと傘を傾けさせながら、ぼんやりと墓を眺める。

 父が来た、ということは継母も来たのだろうか。

 彼女のことを思い返す。

 父とは一回り歳が離れており、元々は部下だったらしいが、今では別の部署で出世して同役になっているという。生真面目で物静か、礼儀正しく、そして綺麗な人だった。

 美桜の目から見ても凛として仕事も尊敬できる女性で、どん底にまで落ち込んでいた父を立ち直してくれた恩人ともいえる相手でもあり、そして五條家の在り方を変えてしまった人でもある。そして美桜が取り戻そうとしてしたことができず、己の無力を痛感させられた人でもあった。


「よし、できたぞ。線香は……この雨じゃさすがにダメか」

「そうだね、まぁ仕方ないよ」


 虎哲に言われ、傘を差したまま手を合わす。

 ここに来る度、嫌でも思い知らされる。

 ()はもういない、ということ。

 そして当時感じた胸が張り裂けそうな悲しみと喪失感が、随分と薄まってきているということも。


(お母、さん……)


 まるで母のことを忘れているかのように思ってしまい、だから美桜は、そんな風に変わっていく自分が許せなかった。



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