80.あいつらこれで付き合ってないんだぜ
「うげ」
「うげって何よ、うげって。それに女っ気もあれって、どんなあれなのさ」
「っ、えっといやその……別に特になにもない、よな?」
「……兄貴」「はぁ」
真帆に気圧された虎哲は後ずさりつつ、美桜に助けを求める。顔を見合わせ呆れたため息を重ねる真帆と美桜。
そこで真帆は、はたと気付いたとばかりに「え!」と大きな声を上げ、まじまじと美桜の顔を見つめた後、黄色い声を上げた。
「って、もしかしなくても美桜ちゃん!? やっば、めっちゃ可愛くなってんじゃん!」
「えっへへ~、高校デビューってやつしちゃいました! どうです?」
「うんうんいい、すごくいいよ……って、隣にもすごくかわいい子がいるんだけど!?」
「っ、……ぁ」
そして英梨花を見て、目を瞬かせる真帆。
初対面の相手だからか条件反射的に人見知りを発揮した英梨花は、思わず美桜の背中に隠れてしまう。
真帆はスッと目を細めて虎哲に向き直り、冷やかすように言う。
「ふぅん。もしかしてこの子、虎哲の彼女さん? へぇ、いつのまに。隅に置けないねぇ、このこの~っ」
「っ、違ぇ、そんなんじゃねぇ! 翔太の妹だよ、翔太の! 彼女とかそういうのじゃ全然ないから!」
「うん、そうだろうなぁって思ってた。髪の色とか似てるし」
「うぐっ、ぐぬぬ……」
「あ、あはは、久しぶりです、山本先輩」
真帆に英梨花のことで揶揄われ、手のひらの上で転がされる虎哲。
相変わらずの関係の2人に、翔太も思わず苦笑い。
そして真帆にこりと人好きのする笑みを浮かべ、英梨花に向かって手を差し伸べ自己紹介をする。
「初めまして、山本真帆です」
「……っ、葛城英梨花、です」
「よろしくね。英梨花ちゃんでいい?」
「は、はいっ」
英梨花はびくりと肩を跳ねさせたものの、ぎこちない笑みをしつつ、手を握り返す。今までなら背に隠れたままだっただろう。早速先ほどの映画のように、自らを変える努力をしているのかもしれない。そう思い、頬を緩める翔太。
そして真帆は再び美桜へと向き直って腕を組み、むむむと唸る。
「う~ん、美桜ちゃん服はいつも通りなんだね~。せっかくなら可愛い格好をしたらいいのに~」
「いやぁ、あたしは――」
「そ、それは今から服を見に行くところだからっ! その、夏服っ!」
「――え、えりちゃん!」「ほほぉ?」
珍しく、誰かの話している横から口を挟む英梨花。虚を衝かれた顔で固まる美桜。
興味深そうな声を上げる真帆に、英梨花はぐいっと迫って力説する。
「みーちゃんは、もっとオシャレすべき」
「うんうん、確かにせっかくこんなに可愛くイメチェンしたんだし、どうせならね~」
「え、えーとでも、あたしは……」
「みーちゃん」「美桜ちゃん?」
にこにこ笑顔の英梨花と真帆に威圧され、頬を引き攣らせ後ずさる美桜。
助けを求めるような視線をこちらに向けてくるも、翔太と虎哲は巻き込まれてはかなわないと、気付かないふり。
すると美桜は、苦し紛れに強引な話題転換を試みる。
「と、ところで真帆先輩は今日、ここに何しに来たんです?」
「ん~、映画見に来たんだ。ほら今話題の風の森。主演の子のファンでさ、原作も読んでみて面白かったし。でもそれより美桜ちゃんの服選びの方が――」
聞き逃せない単語を耳にした美桜は、我が意を得たりとばかりに言葉を被せる。
「っ、丁度よかった! 兄貴、それの割引チケット持ってるんですよ! なんとペアで1500円引き、しかも学割と併用可!」
「えっ、なにそれめっちゃ安い!」
「あたしたちもう見ちゃったし、兄貴貸し出しますんで、うちらのこと気にせず行ってきてください!」
「へ? オレも――」
「む、なにさ。私と一緒じゃ不服?」
「いやそんなことは……。ったく付き合ってるやるから、見るなら行くぞ」
「んじゃ、虎哲は借りてくね~」
「どうぞどうぞ!」
案の定、割引のお得さに食いついた真帆は、虎哲を引き摺るようにして映画館へ。
そんな微笑ましい2人の背中を見送った美桜は、ホッと息を吐く。
すると英梨花が、少し不思議そうにポツリと呟いた。
「虎哲さんと真帆さん、あれで本当に付き合ってないの?」
その言葉を受け、顔を見合わす翔太と美桜。
英梨花の疑問も、もっともだろう。傍目から見ても息がぴったりで仲がいい。その様子は虎哲だけでなく、真帆の方も相手のことを憎からず想っているのだとすぐわかる。翔太だって未だに付き合っていないことが、疑問なほどだ。
だけど美桜は少し困った顔をして、自嘲交じりの言葉を零す。
「あたしは真帆先輩の気持ち、わかるかなぁ。きっと友達の期間が長すぎて、それ以外に見られなくなっちゃったんじゃないかな?」
「え……」
なんとも困惑めいた言葉を零す英梨花。
美桜は苦笑しつつ、やけに実感の籠もった声色で呟く。
「兄貴だって単にヘタレってわけじゃない。きっと今の関係が一番で、大切にしてるんじゃないかな? きっと変わらないままの方がいいってこと、あるだろうし」
「あぁ……」「…………」
その言葉に翔太もまた過去の失敗を思い返し、ズキリと胸を痛め、同意するかのように深く頷く。
1人納得いかないといった様子の英梨花は、憮然とした声を上げた。
「それでも変わった方がいいものがある。みーちゃんの格好とか。夏服、見に行く!」
「えっ、それまだ有効だったの!?」
強引に美桜の手を引き、駆け出す英梨花。
翔太は突然のことに呆気に取られるものの、すぐさま苦笑を浮かべ、慌てて2人を追いかけた。