79.真帆先輩
翔太1人、もしくは美桜とだけなら自転車で行くところだが、バスを利用して郡山モールを目指す。
道中、バスに揺られながら美桜が虎哲に向かって言う。
「こういう時、車があったらいいのに。兄貴、免許取らないの?」
「夏休みを利用して取りたいところだなぁ。まずはバイトで教習所代貯めないと」
「ん~でもさ、夏までに取った方が、休みに真帆先輩に車で出掛けようって誘えたりするんじゃない?」
「っ、真帆は関係ないし! けど、確かに夏休み中に車使えた方が便利だよな……」
むむむと唸り、顎に手を当て、悩まし気に考え込む虎哲。
翔太たちは顔を見合わせ、苦笑い。
やがてバスは目的地にたどり着く。
普段はあまり使わない場所の入り口を使い、3階の端にあるシネコンへ。
朝もそれなりに早い時間ということもあり、てっきり空いている思ったものの、意外なことにかなりの人がいた。
翔太は当てが外れたとばかりに呟く。
「結構並んでいるな。もうちょっと空いていると思ったんだけど」
「この辺、他に遊ぶところないしな。皆、考えることは一緒ってとこか。ところで美桜、オレたちが見られる映画ってどれなんだ?」
「『風の森』だから……ほら、あのポスターのやつ」
「あれって……」「あー……」
「『風の森』っ!?」
美桜が示したポスターはイケメンと地味な女の子が絡む、いかにも恋愛ものですといった、あまり自分からは積極的にみるようなジャンルではなかった。思わず戸惑いの声を上げてしまう翔太と虎哲。
しかし隣の英梨花は喜色満面で、歓声を上げる。
英梨花らしからぬ反応に目を大きくする虎哲。最近こうしたところに慣れてきた翔太は、苦笑しつつ訊ねる。
「知ってるのか、英梨花?」
「ん、少女漫画原作で、私の今の一押し! う、布教したいけど、買ってるのは電子だから……」
「電子といえば最近スマホで、映画公開記念と銘打って最初の方の巻が無料公開って流れてきているの目にしているかも」
「っ、無料ならみーちゃんも是非読むべき! 1巻……だけじゃその魅力は伝わりにくいかもだけど、3巻まで一気に! もちろん兄さんや虎哲さんも、是非!」
「へ、へぇ……」「お、おぅ」
鼻息荒く、いかにこの作品が面白いのか熱く語る英梨花に、思わずたじろぐ美桜。
そんな珍しい2人の光景に、翔太と虎哲は苦笑を見合わす。
しかしその一方、英梨花がそれだけ熱心に語る作品というものに興味も沸く。
幸いにして上映時間は近かった。
列に並んでチケットを購入し、指定の席に揃って座る。
家のテレビとは比較にならないほど巨大なスクリーンに、臨場感あふれる音響は、作品の世界に没頭できる環境が整っており、映画館は非日常へと誘ってくれる。
映画元いじめられっ子の女の子が、ひょんなことからクラスの人気者の男の子と知り合ったことから始まる、少女漫画らしい導入から始まった。
日常がひっくり返るような劇的なイベントがあるわけじゃないものの、しかしその分、等身大で身近に感じられる内容だ。
2人が交流を経てそれぞれが抱える過去と向き合いながらも、それでも変わりたいと藻掻く姿は、恋愛だけでなくヒューマンドラマの側面も強く、どんどん作品に惹き込まれていく。
やがてすれ違いからの仲直りを経て終わりを迎えると共に、消失感にも似た満足に身を包まれ、ほぅと悩まし気なため息が出てしまう。
翔太以外の3人も似たような反応をしており、概ね満足したようだった。
映画館を出るなり、虎哲は少し憂いを含んだ声色で呟く。
「何ていうか、凄かったな。少女漫画原作だっていうからこう、甘ったるくキラキラした感じだと思ってたけど、全然違った。何かこう、頑張らなきゃって感じになったよ」
「あぁ、そうだな……」
なんとも曖昧な返事をする翔太。あの映画を見て、思うところがあった。かつての失敗を思い出し、じくりと胸が痛む。
「ん、今を変えるには自らがまず変わらなきゃいかない。失敗を恐れちゃいけないってのを再確認したかも」
一方英梨花は興奮で息を弾ませながら語り、胸の前で握り拳を作る。
なるほど、ここ最近の英梨花を見るに、この作品の影響を受けているところがあるのかもしれない。一押しというのも頷ける。眩しそうに目を細める翔太。
するとその時、これまで沈黙していた美桜が、神妙な声で呟く。
「ね、思ったんだけどさ、兄貴の友達ってこれ、真帆先輩と一緒に行ってもらうために渡したじゃない?」
「…………へ?」
「女子の間で話題の恋愛もの、んでペア割引。どう考えてもデート用の代物でしょ」
「いやだって余ってるからって言ってたし……それにまだ余ってるし……」
「1人じゃ誘いづらいだろうから、グループでも誘いやすいようにって配慮じゃない? 兄貴、ヘタレだし」
「うぐっ、へ、ヘタレじゃねえっ!」
美桜の言葉には説得力があった。なるほど、安さの方にばかり目がいっていたが、確かにデート向けの映画だろう。虎哲が真帆を遊びに誘う口実には打ってつけだ。
虎哲は言葉を詰まらせ、唇を噛みしめることしばし。
やがて少し見苦しそうに言い訳をしだす。
「いや、真帆だぞ? 口うるさくて女っ気もあれなアイツが、こういうの――」
「私が、なんだって?」
「――っ!?」
その時、ツッコミを入れるかのように鋭く、少し不機嫌そうな声が浴びせられた。
表情を凍り付かせ、固まってしまう虎哲。
ギギギと首を軋ませながら振り返った先には、腕を組み、頬を引き攣らせた愛嬌のある女性――山本真帆本人がいた。