78.映画に行こう!
朝、といっても普段ならとっくに1時限目の授業が始まっている時間。
寝起きの翔太は欠伸を噛み殺しながら、「ぉはよ」という挨拶と共にリビングに顔を出す。
すると虎哲が、何枚かのチケットをひらりと振りながら声を上げた。
「なぁ、今日は映画見に行こうぜ」
「映画?」
「そう、映画。割引きチケットあるんだ。なんとペアで1500円引き、もちろん学割と併用可!」
「え、なにそれめっちゃ安い! ちょっとそれ、よく見せてよ兄貴!」
チケットのあまりの割引きぶりに、目を輝かせながら飛びつく美桜。
虎哲から奪うようにして手に取り、まじまじと眺め、興奮気味に口を開く。
「わ、ほんとだ! てかどったの、これ?」
「昨日遊んだ友達にもらった」
「ふぅん……あ、でもこれ見られるもの決まってるみたい」
「へぇ。でもせっかくだし行ってみようぜ。翔太に英梨花ちゃんもいいよな? あ、もしかして他に予定とかあったりした?」
「いや、俺は特になにも。映画かぁ、随分久しぶりだなぁ」
「ん、私も今日はバイトがないから大丈夫。楽しみ」
そしてササッと朝食を済ませ、善は急げとばかりに各々の部屋に戻って準備をする。
この辺りで映画を見に行くとなると、やはり郡山モールに併設されているシネコン。
なんだかんだでいつも遊びに行くところと変わらない。
それに相手は気心知れた幼馴染と妹、そして兄貴分。
準備といっても近場だし、寝間着から着替えてスマホと財布をポケットに叩き込む程度。すぐに終わる。
翔太がリビングに戻るとほどなくして虎哲が、そして少し遅れて美桜が戻ってきた。
美桜は2人の顔を見回しながら言う。
「後はえりちゃんだけ?」
「みたいだな。もう降りてきてもいいと思うけど……なにやってんだろ?」
早く映画に行きたいという気持ちを滲ませ、そわそわしている翔太と美桜。
虎哲はそんな妹と弟分に少し呆れつつ、窘めるように言う。
「おいおい、女の子の支度には色々あるし、時間がかかるもんだろ。美桜はまぁ……美桜だけど」
「うっさい、兄貴」
「……それもそうか」
虎哲の言葉に、なんとも眉を顰める翔太。
あまりこれまで意識したことはなかったが、思えば英梨花はいつだって髪や身だしなみはきちんとしている。
翔太の目には朝起きてきた時の姿だって、品のある楚々とした薄手のカットソーにロングスカートという、十分そのまま出掛けられる格好をしていた。
しかし英梨花としては、たとえすぐ近くに遊びに行くにしても女子として、それなりの準備があるのかもしれない。
翔太はそのあたり、よくわからないなと眉を寄せる。
「おまたせ」
そうこうしていると、英梨花も戻ってきた。
着替えをして薄っすらとメイクもしたのか、先ほどと比べ明らかに大人びて綺麗になっているのがわかる。思わずほぅ、とため息を吐いてしまうほどに。
なるほど、確かにこれだけ変わるのなら準備は必要だ。
その英梨花はいえば美桜の姿を見て目をぱちくりとさせ、尋ねる。
「みーちゃん、その格好で行くの?」
言外にオシャレ用の女の子らしい服じゃなくていいの? という質問が込められていた。
美桜の格好は、フード付きパーカーにジーンズといった洒落っ気のないラフな格好。美桜らしいといえば美桜らしいチョイスで、女の子らしい英梨花とは対照的だ。
しかし翔太には見慣れた、これまで遊びに行く時と同じ格好だった。それに髪型を変えたこともより、今の美桜にもよく似合っているといえる。
だがそれでもやはり、地味さは否めないだろう。
美桜は少し眉を寄せながら答える。
「ん~、わざわざ着飾って行くようなところじゃないしね。……それに一張羅は洗濯に出しちゃってるし」
「……そぅ」
美桜はそういうものの、どこか納得がいかないといった様子の英梨花。
たしかにここのところ、特に英梨花がこの家に戻ってきて以来、出掛ける時は女の子らしい格好をしていたかもしれない。
とはいえ美桜だって、そういう気分じゃない時もあるだろう。
翔太は憮然としている英梨花の背中をポンッと叩き、諭すように言う。
「ま、いいから出掛けようぜ」
「……ん」