77.頑張る英梨花と
再び電車に乗り、家のある1つ手前の駅で降り、県道沿いに歩くこと数分。
美桜が訪れたのはお好み焼き屋、三諸。六花の実家であり、英梨花のバイト先の店だ。
「かなり変わってる……」
最後に訪れたのはいつだったか。高校受験前だったから、少なくとも数か月ぶりだ。
リニューアルしたことは話に聞いていたものの、以前の汚れが各所に目立つ古くからの街の食堂然とした外観から一転、明るくオシャレな店構えに変わっておりビックリしてしまう。そして実際、この連休はかなり人がやってきているようだ。外からも人の入りの多さが窺える。
元々交通量も多く、駅も近い。立地は悪くないのだ。人気になるというのも頷ける。
昨日も六花がグルチャで忙しくて大変だと愚痴っていたを思い返し、くすりと笑う。
この店に来たのは、六花の店がどう変わったのかもあるが、やはり英梨花がどうしているかが気になったからだ。
英梨花がこのところ頑張っていることは知っている。
それらはとてもいいことだ。しかし、ちゃんとできるかどうかは別問題。
昨日だってお好み焼き作りに挑戦したものの、不慣れな手つきは見ていて危うく、要領も決していいとは言えなかった。
それに英梨花自身、バイトは楽しいとは言っていたものの、失敗ばかりしたと言っていたではないか。
この忙しさで、目を回しているかもしれない。
もし手が必要なようなら、自分も手伝おう。そう意気込んで暖簾を潜る。
「いらっしゃいませ~♪ ……ぁ」
「っ! や、やほ~……」
店に入るや否や、予想外に愛想を振りまく英梨花の笑顔と声に出迎えられた。一瞬、固まってしまう美桜。
英梨花もまた美桜の来客が意外だったのか目を丸くし、身内相手には恥ずかしかったのか、みるみる顔を赤くしていく。
「えぇっとみーちゃん、どうしたの……?」
「んっと、えりちゃんの様子見兼ねて、お昼を食べに……」
「そ、そう。え~っと、席は……」
キョロキョロと店内を見回す英梨花。いくつか空いている席があるものの、片付けまだなものが多く、どこへ案内していいかわからないらしい。
そのあたりの所作は店員としてまだまだ未熟もいいところ。美桜も頬を緩ませる。
「あっらー、もしかして美桜ちゃん!? 六花からイメチェンしたって聞いてたけど、あらやだ、すっかり見違えちゃってるじゃないの!」
「お、お久しぶりですおばさん! ちょっと高校デビューしちゃいまして!」
「うふふ、それだけじゃないんでしょ? 聞いたわよ~……っと、今席を片付けるからそこに座って! あ、何にする?」
「じゃあ……ぶた玉で」
すると横から顔を出した六花の母に促され、席に座る。
助けられた英梨花はバツの悪そうな顔でちろりと舌先を見せ、バイトへと戻っていく。
店内はお昼を大きく過ぎているにもかかわらず、中々の客の入りだ。
ピークの時はいかほどのものか。人気の程を窺える。
六花もまた、パタパタと店内を忙しなく飛び回っていた。
美桜の来客には気付いていたようで、目が合ったら笑みを返してくれたものの、交わした言葉といえば注文したものを持ってきた時の「お待たせしました!」のみ。
ぶた玉を食べながら、英梨花の働きぶりに注目してみる。
身内の贔屓目を差し引いても、その仕事ぶりはまだまだ駆け出しといった体だった。
料理を運ぶのは遅いし、オーダーを取る手つきもたどたどしい。
それだけじゃなく、ドリンクや料理を運ぶ先もしばしば間違える。
あれではただでさえ忙しいところに、足を引っ張りかねないだろう。
――ここはやはり、自分も手伝った方がいいのでは?
そう思った美桜はお好み焼きを平らげた後、手を上げて近くに来た六花を掴まえ、訊ねた。
「りっちゃん、話に聞いていた以上に忙しそうだね。よかったらあたしも手伝おうか?」
「あはは、ありがと美桜っち。けど大丈夫、英梨ちんがいるから!」
「え?」
六花の即答かつその理由に、思わず間の抜けた声を上げる美桜。
すると奥の方から六花の母も現れ、言葉を続ける。
「そうよ~、英梨花ちゃんが来てくれて大助かりなんだから! 店もすごく明るくなったし!」
「そうそう、お父さんなんて英梨ちん来ると大張り切りなんだから。英梨ちんがいなかった昨日とは大違い!」
「がはは! そりゃ可愛い子にゃいいところ見せたいからな! それに常連の皆も多く注目してくれるし!」
持ち上げられる形となった英梨花は、気恥ずかしそうに照れている。
そんな彼女を見て、眦を下げる周囲の客たち。
呆気に取られてしまう美桜。
しかし六花たちの言葉に嘘はないのだろう。
思い返すと英梨花は仕事面で役には立っていないものの、見たこともない愛想を振りまきハキハキとした言葉深い、それから華やかな見た目も相まって、とても好感が持てる。
事実、客からの反応もよく、鼻の下を伸ばしている男性客も多い。
仕事は拙いものの、英梨花はしっかりと役割をこなしているようだった。
そのことは、理屈ではわかる。
だけど正直、英梨花が接客をしていることが意外で、少しばかりの動揺を禁じ得ない。胸にモヤモヤとしたものが広がっていき、なんともいえない表情になってしまう。
それでも1つ、確かなことがあった。
――ここに、美桜の手は必要ない。
(……っ!)
ひどく覚えのある痛みが胸を襲う。
脳裏に浮かぶのは母が亡くなり意気消沈する父や兄に代わり、家を盛り立てようと頑張る痛々しい自分の姿。
そんな美桜に、英梨花は笑顔で言う。
「ん、私が頑張れるのはみーちゃんのおかげ」
「……そぅ」
英梨花の言葉で一層くしゃりと表情を歪ませる美桜。
曇りのない笑顔を浮かべる英梨花に、美桜はぎこちない笑みを返すのだった。