76.慣れないこと
寝癖を直し、普段学校へ行く時と同じように髪をセット。
いつも外出時に着ていたフード付きパーカーとジーンズを着て、姿見の前に立つ。
至って普通に格好だ。
だけど髪型を変えたこともあって、以前よりも見栄えはよく見える。
「…………」
しかし美桜は眉を寄せる。
何かがしっくりこない。
脳裏にはいつもきっちりとしていて隙を見せない女の子、英梨花の姿。
少しばかりの逡巡。
美桜は1着だけ持っている一張羅を取り出し、袖を通す。
ついでとばかりにいつもはしないメイクを施せば、まるで自分じゃないような女の子の出来上がり。
「なんか変な感じ……」
そんなことを独り言ち、美桜は葛城家を後にした。
◇
この辺で目的もなくぶらりと出掛けるとなれば、やはり郡山モール。
最初は自転車で行こうとしたものの、ミニスカートを気にして定期の範囲にある電車を使う。
大型連休の真っ最中ということもあり、郡山モールは非常に混雑していた。特に行く当てのない近隣の人たちも、足を運んでいるのだろう。黒山の人だかりがごった返している。ホールの方からは軽快な音楽が流れてきており、人だかりが見える。この集客を見越した何かしらの催しがやっているようだ。
そんな中、やけに自分の格好が気になってしまう美桜。
思い返すとこの服を着る時だなんて、今まで翔太や六花たちを驚かすという目的が大きかった。決して自分を可愛く見せるため、ではない。
だから特に何の意図もなく、ただ外出するためだけにオシャレをしている自分に、やけに違和感を覚えてしまう。
周辺のアパレルや雑貨の店にいる女の子へと視線を巡らす。
どの子も可愛らしく、そしてより自分をよく見せようと店員や友人たちと話しながら、服なり小物を選んでいる。その様子は楽しそうかつ、真剣そのもの。
でもそれは、どこにでもいるような女の子の姿そのものだった。
美桜も彼女たちに倣い、適当な店に入って服を手に取ってみる。
色とりどりで様々な衣服はどれも生地が薄く、デザインが夏に向けてのもの、というのはわかる。だけど自分に似合うかどうかとなれば、わからない。
(この服も店員さんに勧められるがままに買ったっけ……)
そもそも自らを着飾ることに、今まで興味を向けてこなかったのだ。当然だろう。服の好みがあるとすれば、動きやすいかどうかくらいだろうか。
それにこの格好も翔太や六花たちが驚いたことで、してやったりという気持ちはあるものの、美桜はあまり自分の容姿に自信があるわけじゃない。中学までずっと、どこにでもいるモブの1人だったのだ。いきなりその意識を変えろといわれても難しい。
まるでこのファッション空間にいることが場違いに思え、くしゃりと顔を歪め、なんとも難しい表情になる。
するとそれをどう受け取られたのか、店員が話しかけてきた。
「何かお困りですか?」
「っ!?」
いきなりことの固まってしまう美桜。
店員はファッションに疎い美桜の目から見ても、オシャレかつ華やかで、こう慣れたらいいと思わせる容姿をしている。明らかに美桜とは違う世界の人だ。
まるで自分がしていることを咎められているかのような感覚に襲われてしまう。
「い、いえ、特に何も……それじゃっ!」
美桜は咄嗟にそれだけ言い捨て、この場を後にした。
◇
あてもなく、漫然と郡山モールを歩く。
どうにも服や小物と選ぶといった女の子らしいことは自分には向いていないらしい。
そもそも興味がないのだ。無駄とさえ思ってしまう。英梨花なら、ああしたことにも楽しめたりするのだろうか?
(しょーちゃん起こして、一緒に来た方がよかったかな……)
英梨花のようにはいかなくても、もし翔太が一緒だったのなら、ネタに走った服を選んでみたりとか、そうした別の楽しみ方もあっただろう。
はぁ、と大きなため息を吐きながらそんなことを考えるものの、今更もう遅い。
その辺を歩いていると、いつも郡山モールに来て足を運ぶスポーツショップやシュークリーム屋、ゲームセンターなどが目に入るものの、どうにも1人だと寄る気にならない。
やがて辿り着いたのは、生鮮食品や野菜、総菜などを扱っているコーナー。
ここに特に用はない。それにオシャレをしている女の子が訪れるようなところではないだろう。
しかし実家に戻ってきたような安心感に見舞われる美桜。
ついでとばかりに地元のスーパーと値段の比較をしながら見て回る。
「わ、白ネギ1本48円やっす、今日の特売品かぁ! お米もこっちの方が安いけど、微々たる差だしなぁ、わざわざ来るほどでも。あ、でも学校帰りにしょーちゃんと来て持ってもらうはありかも?」
あれはこっちが、これはあっちが安いなどと思いながら、浮き立つ美桜。
総菜類はパーティーサイズのものがよく見てとれた。
大型連休で昼間は遊び、夕食はこうした出来合いの、見た目も華やかなものをということだろうか? 美桜も虎哲もいることだし、こうした贅沢もいいかもしれない。だが翔太はこういうものより作りたての温かいものの方が食いつきがいいだろうなと思い、くすりと笑う。
やはりこうした生活に直結したものの方が見ていて、性にあっている。
そんなことを考えつつ一巡り。
やがて入り口に戻ると共に、ぐぅ、とお腹の音が鳴った。
スマホで時刻を確認すれば、もうお昼を大きく過ぎている。
何か食べようとレストラン街やフードコートに顔を出してみるも、この時間でもまだ多くの人が並んでおり、盛況だ。
お腹を押さえて考えることしばし。
「……そうだ」
ふと。
とある顔が脳裏に過ぎった美桜は、ある場所へと足を向けた。








