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75.どこか出掛けよ



◇◆◇


 ゴールデンウィーク真っただ中の葛城家の朝。

 以前は納戸代わりに使われていた美桜の部屋に、スマホのアラーム音が響く。


「ん……んぅ……」


 自分でセットしたとはいえ叩き起こされる形になり、不満そうな唸り声を上げる美桜。抵抗とばかりに何度か寝返りを打った後、緩慢な動作でスマホを手繰り寄せアラーム音を止める。

 ぽかぽかした陽気は心地良く、このまま微睡んでいたくなるものの、美桜は意を決して掛け布団を蹴飛ばした勢いで跳ね起き、欠伸と共にぐぐーと大きく伸びをした。


「はぁ~~~、ぁふ……」


 ごしごしと眠気眼を擦る。

 家のことを率先してやっているものの、美桜は決して朝が強いわけじゃない。今だってアラームに設定した時刻は9時。平日ならとっくに授業が始まっている時間だ。

 窓から見える天気の良さに、今日は洗濯物がよく乾きそうと思いながらリビングに顔を出す。


「あ。おはよ、みーちゃん」

「っ、……えりちゃん、おはよ」


 するとキッチンには、美桜の聖域ともいえる場所には英梨花がいた。

 途端に胸が嫌な風に騒めきだす。起き抜けの頭はうまく回ってくれない。


「みーちゃんもコーヒー飲む?」

「……あ、うん。お願い」

「ミルクとお砂糖はいつも通り?」

「あ、うん。ミルク多めのお砂糖は少し。お願い」


 どうやら飲み物の用意をしていたらしい。

 そのことに思わずホッと安堵の息を吐く美桜。

 ここ最近、英梨花の頑張る姿にやけに胸が掻き乱されてしまう。

 コーヒーを用意してくれている英梨花は髪もしっかりとセットされており、服も夏を先取りしたような爽やかな色合いとデザインのカットソーとロングスカート。このまま外出しても問題ないようなきっちりとした姿だった。

 相変わらず英梨花は、家の中でも隙がない。

 翻って美桜はいつも通り寝起きそのままの髪に、スウェットとよれたシャツ。決してよそ様にはお見せできない姿だ。

 あまりに対照的な妹分との差に眉を寄せながら、寝癖でぴょんと跳ねている髪を一房掴んで睨みつける。


「……ちょっと寝癖直してくる」

「あっ、今――」


 普段なら寝癖なんて適当にひっ詰めたり、そのままにしていたことだろう。

 だけど英梨花を見ているとやけに気になってしまい、モヤモヤした気持ちを抱えて洗面所へ。


「うぇっ!? って、美桜か。今はオレが使ってるぞ」

「っ!?」


 扉を開けると、バスタオルを持っただけの虎哲がいた。身体からは湯気が出ており、濡れた髪に上半身が見える。どうやらシャワーを浴びていたらしい。

 美桜に気付いた虎哲は大切なところを隠しながら、嫌そうな顔をしてシッシッと追い払うかのように手を動かす。

 色んな意味で、一気に頭に血が上っていく美桜。

 半ば八つ当たりを自覚しながら、床に置いてあった兄の着替えを反射的に蹴飛ばして叫んだ。


「いるなら、使用中の立て札掛けとけ、バカ兄貴っ!」

「うわっ!?」



 それから10数分後。

 手早く3人分のトーストとハムエッグを作った美桜は、朝食を囲みながら虎哲にぷりぷりと文句を垂れていた。


「別に朝からランニングしてシャワーを使うのはいいけどさ~、立て札は掛けといてよね。おかげで変なのに見ちゃったじゃない、ったく……」

「悪ぃ悪ぃ。一応、英梨花ちゃんには使う前に声を掛けたんだけどな」

「それでも立札掛けてなきゃ、他の人はわかんないの! もしうっかりえりちゃんが覗いたり、覗かれたりしちゃったらどうすんのさ!」

「あー、そういうトラブルもあるのか。それにしてもやけに実感篭もってるな。何かあったのか?」

「あったよ。しょーちゃんの裸覗いちゃった。……おかげで髪の色と下の方の色が一緒、ってのを知っちゃったよ」

「ぶはっ、あはははははははっ! そ、そうか、それは大変だな! これからは気を付けるわ!」


 美桜がこの家で一緒に住み始めたばかりの時のことを話せば、ツボに入ってしまったのか大笑いする虎哲。英梨花も何とも困った様な顔をしている。

 とはいえ、虎哲のおかげで胸でもやもやしていたものは吹き飛ばされた。

 結局、寝癖はまだ直せていない。

 朝食を食べ終えた虎哲は目元の涙を拭いつつ立ち上がり、客間へと足を向ける。


「さて、オレは出掛けてくるか」

「ふぅん。道場? それとも友達?」

「両方。だから昼は要らない。夜もどっかで食って帰って来る」

「そっか」


 すると虎哲に続き、英梨花も食器を重ねながら立ち上がる。


「私はこれからバイト。お昼はいらない。夕方までには帰ってくると思うけど、いらなくなるようなら連絡するね」

「……ん、わかった」


 虎哲も英梨花も、外出をするため自分の部屋へと戻っていく。

 2人の背中を見ながら、口の中に放り込んだトーストを、随分冷めてしまったミルク入りコーヒーで流し込み、シンクへと向かう。

 やがて朝食の後片付けを終える頃には、兄も幼馴染も外へと出かけて行った。

 手持ち無沙汰になる美桜。

 1人の葛城家は、やけに静かに感じる。

 とくに見たいものがあるわけじゃないが、なんとなくテレビを付けた。

 しばらく呆然と眺めた後、洗濯機を回しに行く。

 その間にリビングと廊下にフローリングワイパーをかけ、ゴミを纏め分別し、丁度洗い終えた洗濯物を庭に干す。

 昔は随分と手間取ったりしたが、今はもう慣れたもの。小一時間もすれば、あらかた家事も終わってしまう。

 再び一人になる美桜。

 静けさがやけに胸に響き、どうにも落ち着かない。

 翔太はまだ、起きてこない。

 昨夜、虎哲と一緒に深夜になってもまだゲームしていたのを覚えている。

 これは昼過ぎまで寝ているコースだろう。

 ソファーに寝転びスマホを弄り、コミックアプリやいつもチェックしているニュースサイトを眺めるものの、どうにも頭の中を空滑り。

 いくつかのチャットグループを見てみるも旅行に出掛けたり、遊びに行ったり、英梨花のように短期のバイトをしたり、各々忙しそうにしている。

 特に予定のない休日だなんて、特に珍しくもない。

 春休みだってそのほとんどはアニメや動画を見たり、ゲームをしたり、その辺をぶらついたりして適当に時間を潰してきた。

 だというのに今日はやけに胸がモヤモヤとしてしまっており、おいけてぼりを喰らったかのような焦燥感とも寂寥感にも似たものが胸で渦巻いている。


「……あたしもどこか出掛けよ」


 美桜はわざわざ言葉にして呟き、自分の部屋へと準備をしに戻った。



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― 新着の感想 ―
[一言] 姉弟、兄妹、互いの◯ンコなど、最も見たくないものの1つである。
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