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74.兄として


 5月の夜は昼間の熱気を吸い上げるかのように深く、そして薄ら寒くなる濃い色をしている。昼間の顔とはまるで大違い。

 虎哲から話があるという体で外に出たものの、思った以上の肌寒さからどちらからともなく走り出し、身体を暖めることに。

 幾度も走り慣れた道を流す程度に駆け抜け、少し離れたところにある公園で腰を落ち着ける。

 息を整えながら見上げた夜空には、煌々と瞬く幼い頃から見慣れたいくつもの星々。

 虎哲は「ふぅ~」と大きく息を吐き、自嘲気味に呟いた。


「受験と新生活に慣れるのを優先してたから、かなり身体が鈍ってるな……」

「1人暮らしって、やっぱ大変?」

「そりゃあな。メシなんて冷凍かインスタントに外食ばかり。炊いた米に総菜を買うのでさえ億劫だ。風呂もシャワーばっかだし、洗濯も着るものがなくなるまで溜め込んじゃうし」

「それは……ダメダメだな。わかるけど」

「自分だけだし、まぁいっかーって感じになちゃって、つい。そんで1人暮らしして初めてさ、今までどれだけ美桜が家のことをしてきてくれたのかって、実感したわけ」

「……てっちゃん?」


 そう言って虎哲は、自らの無力を力なく笑う。

 翔太もまた、かつてどれだけ美桜に家のことで助けられてきたことか。

 もどかしい空気が流れる中、ふいに虎哲は万感の思いの籠もった声で翔太に訊ねた。


「なぁ翔太…………美桜、大丈夫か?」


 翔太は目を見開く。

 それは正しく()を心配し、慮った()の言葉だった。

 美桜は頑張り過ぎるところがある。それこそぶっ倒れるまで、過剰に。

 つい先日の親睦会の時も、自らの不調を隠し周囲を気遣っていたではないか。

 かつての時は翔太も虎哲も、それを見抜けなかった。

 そしてどうしてそうなったかを、間近で見てきて知っている。

 きっとこの連休に親のところでなく、こちらの方に戻ってきたのは、この地に1人で残った美桜のことが気になったからも大きな要因なのだろう。

 ついまじまじと虎哲を見つめる翔太。

 すると虎哲は次第に恥ずかしくなってきたのか、顔を逸らす。

 翔太はフッと口元を緩め、答えた。


「大丈夫だよ。ほら昼間も言ったけど、皆で色々分担してるし。美桜の役割はメシ当番くらいだし」

「……そっか。そのメシも、今日は英梨花ちゃんが作ってたな」

「そういうこと」

「ははっ、なら安心だ」


 そう言って笑い声を重ねる翔太と虎哲。

 今はもう美桜が無理しないよう、翔太も目を光らせている。英梨花も家事だけでなく色んなことに積極的だし、美桜の手を煩わせることもないだろう。

 汗も引き、身体もすっかり冷えてきた。

 そろそろいい頃合いだろう。

 ふいに立ち上がった虎哲が背中越しに、独り言のように呟く。


「ありがとな、美桜を翔太ん()で世話してもらって」

「そんなことわざわざ。水臭い」

「いきなりのことだっただろ。アイツ、本当は親父たちと一緒に引っ越すはずだったんだ。それがどうしてもこっちに残りたいっていって、翔太ん()を巻き込んでさ」

「…………ぇ」


 ――美桜も本当は引っ越すはずだった。

 そんなこと、全然知らなかった。

 突然知らされたことに、思考が固まってしまう翔太。

 美桜がどこかへ行ってしまう。

 そんなこと、受験の時も一緒の学校目指して勉強していたし、今の今まで微塵も考えたこともなかったことだ。

 今まで当たり前のように傍に居た美桜が居なくなる――想像しただけでもゾクリと背筋が震え、心が冷え込んでいく。


(……ぁ)


 そしてこの感覚にはひどく覚えがあった。

 かつていつも隣にいた半身が、英梨花が、急に居なくなった時と同じ身を引き裂かれるような恐怖と痛みが心の中を駆け抜けていく。

 今当たり前にあると思っていたものが、急になくなることがある――そのことを思い出した翔太は、ギュッとシャツの胸を掴む。

 振り返った虎哲はそんな翔太の心境を知らず、明るい声色で言う。


「翔太、帰ろうか」

「あぁ」


 くしゃりと顔を歪めて返事をする翔太。

 暗がりのおかげで、互いの顔はよく見えなかった。



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