72.英梨花の意外な提案
お茶の準備が整ったリビングのローテーブルを皆で囲む。
虎哲が買ってきたお土産を前に、それぞれが驚きや疑問の声を上げた。
「え、兄貴、これがお菓子?」
「どう見てもこれって……」
「……あれでもこれって」
目の前にあるのは、どう見てもたこ焼きにしか見えない。ご丁寧にも舟形の容器につまようじが刺さっている。
おやつならともかく、お菓子といわれれば怪訝な顔になろうというもの。
虎哲は3人の反応満足そうに頷き、皆に勧める。
「ははっ、驚くのは無理はない。いいからまずは食べてくれよ」
「じゃ、あたしから……って、甘っ! うまっ!」
「ん……これシュークリームか!」
「っ! かつおぶしがチョコレートで、青のりが抹茶……!」
見た目とは違う中身に驚く面々。それを見てしてやったりとほくそ笑む虎哲。
イロモノなお菓子ではあるものの味も上々、ついつい手が何度も伸びる。
美桜は少しばかり悔しそうな顔をしながらも、ぱくぱくと食べながら言う。
「おいしいけどこれ、何か頭の中がバグるねー」
「あぁ、今何食べてんだってなっちまう」
「ははっ、でも面白いだろう? コロッケそっくりのレアチーズケーキもあって、どっちにしようかと迷ったんだよなぁ」
「む、そっちも気になるかも……」
「兄貴って、昔からこういう変なの見つけてくるの得意だよねー」
「美桜も同じようなところあるだろ」
「ん、兄さんに同意」
「えー?」
虎哲の買ってきた物珍しいお土産のおかげで会話も弾む。
かつてと同じような和気藹々としたやり取り。
しかしそんな中、翔太は虎哲が少しそわそわと落ち着かない様子に気付く。
この空気の中、やけに浮いたように見えた翔太は、思わず訝し気な声を上げる。
「……虎哲さん?」
「っ」
ふいに声を掛けられた虎哲は目を瞬かせた後、少し照れ臭そうに頭を掻きながら、理由を話す。
「あーいやさ、やっぱちょっと英梨花ちゃんに慣れなくて」
「慣れない?」
「ほら、話してると確かに昔と同じ感覚なんだけど、見た目が記憶と全然違うからさ。全然知らない女の子のように思えちゃって」
「このシュークリームのように?」
「そうそう。翔太もこれだけ英梨花ちゃんが美少女に変わっちゃってさ、ふとしたことでドキリとかしたことあるんじゃねーの?」
「っ、それは……」
内心ドキリとしてしまい、なんとも返答に困る翔太。先日のキスの件もあって、妹であるけれど強く異性でもあると意識させられてしまっている。
だけど、そんなことをバカ正直に言えるはずもなくて。
ちらりと横を見てみれば、いつもと変わらない様子でシュークリーム頬張る英梨花。
翔太は眉間に皺を寄せつつ小さく頭を振り、そして美桜の方を視線で促しながら口を開く。
「それを言ったらもう1人大化けしたのがいるけどさ……てっちゃん、美桜にドキッてできる?」
「むっ、それもそうか……美桜の場合、今見てもコスプレとか仮装している感があって、なんか笑いの方が先に来るし」
「誰がコスプレや仮装なのさ! まぁあたし自身、否定できないけど!」
美桜がそう言うと、オチがついたとばかりに笑い声が上がる。
どうやら虎哲は翔太の言い分に納得したようだ。
すると虎哲は、今度は英梨花へと話の水を向けた。
「ところで、英梨花ちゃんはどうだったんだろう?」
「……私?」
「何年かぶりにこっちへ戻ってきてさ、翔太や美桜だけじゃなく、街とかも変わっただろうしさ。色々戸惑ったり驚いたこともあったんじゃない?」
「んー……」
虎哲の言葉を受け、顎に手を当て考え込む英梨花。
しばしの逡巡の後、翔太を見てはにかみながら口を開く。
「見た目が変わってたのには驚いたかも。けど一緒に暮らして兄さんはやっぱり昔と同じ兄さんのままで、色々と気に掛けてくれて守ってくれたりして、嬉しかった」
「お、おぅ……」
「そうそう、しょーちゃんってばえりちゃんのことちょっとばかり過保護なとこあってさ、学校じゃすっかりシスコン扱いされてるよ」
「あー、確かに翔太は昔から、英梨花ちゃんに対してべた甘なとこあったからなぁ」
「おい美桜、てっちゃんまで……」
「ふふっ」
英梨花からの親愛の籠もった言葉、美桜と虎哲の揶揄いで顔を赤くする翔太。多少自覚もあり、言い返すこともできやしない。
翔太がひとしきり弄られた後、英梨花はスッと目を細め、今度は美桜へと視線を移し、気恥ずかしそうに胸の内を零す。
「そういう意味で一番びっくりしたのは、昔はガキ大将じみてたみーちゃんかも」
「あ、あはは。見事に高校デビューしたしねー」
「うぅん、そこじゃないよ。いつもご飯作ってくれるし、家事も気がついたらなんでもやっちゃうし、それに学校でも色々気配り上手。女の子らしい女の子になっちゃってたから。私も見習わないとって思っちゃった」
「へ?」
そう言って英梨花はむんっ、気合を入れるように両手を胸の前で握り拳をつくる。
美桜が女の子らしい。
予期せぬ言葉に素っ頓狂な声を上げる美桜。顔を見合わせ目をぱちくりとさせる翔太と虎哲。
思えば美桜の料理や家事は母の死を切っ掛けに、練習し始めたものだ。
今でこそ美桜といえば料理得意で家事万能という意識があるが、その過程をみていたからこそ、それを受け入れている。なるほど、英梨花の目から見ればそうなるのかもしれない。
改めて英梨花との空白の時間があることを再確認してしまう。
少し、しんとした空気が流れる。
いつの間にか目の前のたこ焼き風シュークリームは全てなくなっていた。
それを確認した虎哲が、ふと立ち上がる。
「さて、オレはちょっくら道場のほうに顔を出してくるよ」
時刻は昼を大きく過ぎている。
今から練習なりしようとするなら、中途半端な時間だ。
「兄貴、夕飯は?」
「ちょっと話をするだけだし、それほど遅くはならないかな。もし要らないようなら連絡するわ」
そう言って虎哲はスマホと財布だけを持ち、身軽な感じで葛城家を出て行く。
美桜はその後ろ姿を見ながら「どうせなら道場じゃなくて、真帆先輩と遊ぶ約束でも取り付けにいきゃいいのに」と独り言ち、お茶を片付け始める。これには翔太も苦笑い。
「むぅ、美味しかったとはいえ、全部食べちゃったね。夕飯食べられるかな……っていうか何にしよ? しょーちゃん、リクエストある?」
「うーん、食べたばっかだから何も思い浮かばないや。スーパーの特売や値引き品で決めるか?」
「そうしよっ――」
「あ、あのっ!」
「うん?」「英梨花?」
少しばかり気の早い夕飯の話をしていると、ふいに英梨花が声を上げて遮る。
翔太と美桜の視線を向けられた英梨花は、一瞬の躊躇いの後、意を決したという様子で口を開く。
「今日の夕飯、私が作ってもいい……?」
「っ!」
英梨花のその申し出に美桜はただ目を丸くし、数拍の見つめ合いの後、ただこくりと頷いた。