71.乙女の部屋
翔太と共に葛城家へ上がり込んだ虎哲は、玄関からキョロキョロと周囲を見渡し、感心した声を上げた。
「へぇ、綺麗にしてんだな」
「これくらい普通だって。まぁ、1週間経たず1人暮らしの部屋をひっくり返してそうな兄貴にとって、驚きかもしれないけど?」
「むっ」
そんな風に美桜が自分の兄を当てこするように言えば、虎哲もムッと眉を寄せて睨みつける。
しかし、どこ吹く風といった美桜。虎哲がぐぬぬと唸って言い返さないところをみると、あながち的外れでもないのだろう。
すると虎哲は何かに気付いたとばかりに「あ!」と声を上げ、にんまりとした意地の悪い笑みを浮かべて翔太に訊ねた。
「なぁ、オレの泊まる部屋って1階和室の客間か?」
「そうだよ。他にないし」
「ってことは……こっちが美桜の部屋か!」
「ちょっ、兄貴!?」
虎哲は言うや否や俊敏に靴を脱いで、以前までは納戸代わり使っていた部屋の引き戸を開け放つ。
たちまち露わになる美桜の部屋。
床に散らばる脱ぎ散らかした衣服に雑誌、翔太の部屋から拝借したち思しき漫画に、飲みかけのペットボトル。
机の上ではコスメ類と教科書やノートが雑多に積み上げられており、お世辞にも綺麗な部屋とは言えなかった。
制服だけは壁に掛けられているのが、せめてもの救いだろうか。
先日覗いた時よりも悪化している惨状に、思わず眉を顰めてしまう翔太。もし北村がこの部屋を見ようものなら、百年の恋も冷めてしまうことだろう。
虎哲は部屋の隅にある、まだ開封されていない段ボールを見つけてため息を1つ。
ジト目を美桜に向け、呆れた声色で言う。
「美桜……、さすがに5月になってもまだ荷解きしてないものがあるって、相当やばいだろ」
「うっさい! ってゆーか勝手に乙女の部屋を開けるな、バカ兄貴!」
「乙女の部屋? そういうのは乙女の部屋の主が言ってくれよ。なぁ、翔太……って、痛たたたた、脇腹抓るな!」
「~~~~っ!」
涙目の美桜から抗議を受ける虎哲から同意を求められるも、なんて反応していいかわからない。
英梨花と困った顔を見合わせ――そしてふいに妹の部屋のことを思い巡らす。
何度か訪れたことがあるが、いつもすっきり片付いており、殺風景ながらもふわりと漂う甘い女の子の香り。あれこそ、まさに乙女の部屋だろうか。
そのことを思うとふいに心臓がドキリと跳ね、まるで不貞を働くかのように意識してしまい、慌てて視線を美桜の部屋へと戻し、思ったままのことを口にする。
「まぁ、美桜らしい部屋だなって思う」
「くすっ、そうかも。みーちゃんらしい」
「しょーちゃん!? えりちゃんまで!?」
まるで裏切られたと言いたげに目を見開く美桜。
虎哲は意地悪そうに追撃を掛ける。
「普段から片付けときゃいいだけなのにな」
「兄貴うっさい!」
ふくれっ面でぺしぺしと肩を叩いてくる美桜を、涼しい顔で受け流す虎哲。
そんな微笑ましい兄妹のじゃれあいを見た英梨花は、つくづくといった様子で少し羨望交じりの声色で呟く。
「みーちゃんと虎哲さん、仲いいね」
「うん? まぁ、昔からこんな感じだよ」
「……そぅ、だったかな」
美桜と虎哲の仲がいい、というのは意識したことはなかった。
しかし改めてこうして見てみると、見ていて微笑ましいものだ。
確かに目の前の美桜は、翔太や英梨花、そして学校の皆の前で見せている顔のどれとも違うかもしれない。
英梨花の表情になにか含むものがありそうだった。
しかし翔太にはそれが何かわからない。
やがて五條兄妹は一通りじゃれ終わったようだった。
頬を膨らませ不貞腐れる美桜を横目に、虎哲はふいに悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「そういやさ、面白そうなお菓子をお土産に買ってきたんだ。食おうぜ」
「え、面白いお菓子!? あたし、お茶の用意してくる!」
「美桜……」「みーちゃん……」
そしてお菓子の単語でたちまち機嫌を直した美桜は、パタパタと台所へと去っていく。
残された3人は現金な美桜の後ろ姿を眺め、苦笑を零した。