65.バイト、やってみたいです……!
ゴールデンウィークも間近に迫った、ある日の昼休み。
教室のあちらこちらでは体育祭について話し合われていた。もちろん、翔太たちも購買で買い込んだパンを片手に、美桜を中心にしたグループで話し合っている。
するとそこにふいに六花がやってきて両手を合わせ、パンッと大きな音を響かせた。
「お願い、誰かうちのお店のバイト手伝って!」
「へ?」「今西?」「りっちゃん……?」
頭を下げ、拝むようにして言う六花。
いきなりのことにびっくりし、目をぱちくりさせる面々。
仲のいい美桜が、皆を代表して六花に尋ねる。
「バイトを手伝うって、りっちゃん家がやってるお好み焼き屋さんの? 確か先月リニューアルした、あそこの?」
「うん、そう。地元局でも紹介されて、おかげさまで大繁盛! ……なのはいいんだけど、全然人手が足りなくてさ。今日だけでもいいの。私、どうしても放課後外せない用事があってさ、頼むよ~むっちゃん、菊っち、しーちゃん、美桜っち……はダメか」
この場の女子たちの手を順繰りに取って頼み込む六花。しかし美桜の番でそっと苦々しい表情になり、目をそっと逸らす。
美桜もまた瞳の虹彩を消し、顔を窓の方へと向け、どこか遠くを見上げながら呟く。
「ふふっ、あたしも放課後はりっちゃんと同じく、楽しい楽しい補講が待ってるからね……」
「実力テストの嘘つきっ……成績は関係ないって言ったのに……っ!」
乾いた笑い声を上げる美桜に、涙ぐんで怨嗟の声を漏らす六花。
先日の実力テストは成績に絡まないものの、赤点だった生徒には補講が課されており、2人は見事に引っかかっている。
皆もなんともな理由で哀愁を漂わせる美桜と六花に、苦笑い。
そんな中、美桜の次に頼まれると思っていた英梨花は、肩透かしを食らったようで、残念そうな顔をしている。
ともかく、六花は今日だけでもいいのでバイトの代わりが欲しいらしい。
しかし、あまりに急な話なのも事実。彼女たちは何とも言えない顔を見合わせ囁き合う。
「バイトかぁ、今日は部活あるんだよねー」
「私は予備校があるから……」
「ん~、うちは予定の方はいいんだけど今西さん家とは方向が逆だから、帰りが遅くなるのがちょっと……」
「うぐ、つい今日の補講を忘れてたばっかりに……他に誰か居ないかなぁ」
「わ、私は……っ」
やはりいきなりのことに難色を示す彼女たち。
これが2、3日前に言ってくれていたのなら、都合を付けられた人もいただろう。
六花も自分の迂闊さを呪い、困ったとばかりに「はぁ」とため息を零し肩を落とす。
英梨花はそんな六花に何か声を掛けようとするものの、オロオロするばかり。翔太も和真と顔を見合わせ苦笑い。
翔太はふと、ほとほとまいった様子の六花を見て、込み上げるものがあった。
六花はなんだかんだで中学時代から美桜を通じ、よく交流してきている。翔太にとっても女子の中では美桜に次ぐほど仲がいい。ただのクラスメイトでなく、女友達と言い切ってもいいだろう。
だから、友達のために力になってやりたいと思うのは当然で、声を掛けた。
「なぁ今西、そのバイトって男子でも大丈夫なのか?」
「っ!」
「葛城くん!? もちろんだよ、もしかして引き受けてくれるの!?」
「あぁ、俺は今日特に予定もないしな。戦力になるかどうかわからないけど」
「大丈夫、注文聞いて運ぶだけだし、すぐに慣れるよ!」
「…………ぁ」
「そうか。じゃあどこまで力になれるかわからないけど、頑張ってみるよ。確か駅前の三諸って店だったよな?」
「うんうん、そ――」
「あ、あのっ!」
「――わっ!?」「っ、英梨花?」
話が纏まりかけたその時、ふいに英梨花が声を挟んだ。それも翔太が聞いたことの内容な、大きく焦りを含んだような声だ。
必然、皆の驚きと好奇の視線を集めることになり、たじろぐ英梨花。
しかし胸の前でギュッと握り拳を作り、たどたどしくもはっきりと意志の籠もった声色で言葉を紡ぐ。
「わ、私、バイト、やってみたい……です!」
「へ、英梨ちんが……?」
「だ、大丈夫えりちゃん? 接客が主な仕事内容だよ?」
驚く六花。呆気に取られている他の面々。
美桜も思わず英梨花の人見知りを心配し、気遣う声を掛けている。
確かに英梨花はバイトを探していたが、翔太も向き不向きというものを考えてしまう。
しかし英梨花はグッと目に力を入れ、真っ直ぐに六花を見据えて、頭を下げる。
「ん、わかってる。それでもやりたい、やらせてください……っ!」
真摯なまでの懇願。今までの英梨花なら見せなかった姿。
――あぁ、これも成長か。
翔太は目を細め、英梨花の背後に回り、ぐいっと肩を押しながら六花に言う。
「てわけだ、今西。さっきのバイトだけど、俺の代わりに英梨花はどうだ? まぁちょっと不愛想なところはあるけれど、本人のやる気は十分だ」
「兄さん、一言余計っ」
翔太の言い方がお気に召さなかったのか、ぷくりと拗ねたように頬を膨らませる英梨花。
そんな学校ではほとんど見せない妹然とした英梨花の姿に周囲の空気も和む。
「英梨ちんなら大歓迎だよ! 美人な看板娘、ゲットだぜ!」
六花が満面の笑みで英梨花の手を取り、おどけた風にそんなことを言えば、皆からも笑い声が上がる。
そんな中、美桜だけが最後まで目を丸くし続けていた。