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61.体育祭委員



 雨降って地固まる、怪我の功名、災い転じて福となす。

 実際風邪をひいた英梨花にとっては災難だったものの、その件を通じてここしばらく翔太と美桜、英梨花の間に横たわっていたギクシャクとした空気は、すっかり元通りになっていた。

 この日は数学の課題を忘れていた美桜が、休んでいた英梨花に教えられながら一緒にやったりも。

 また、英語の課題を忘れていた六花が美桜に泣きついてきたので、何故か英梨花のノートを写させることに。美桜のものはかなり間違いがあったらしく、六花が写す隣で、涙目になって英梨花に直させられていたりも。

 翔太のお昼はといえば、先日の急な早退で和真に色々手続きをしてもらった借りを返すため、食堂で奢ることになっていた。だから今日のお昼は別々だと偽装彼女である美桜に告げると、横から六花が「それならうちらも一緒でもよくない?」と言って、大所帯で食堂へ。

 その際、英梨花も六花に誘われる形で一緒に着いてきた。今までなら人見知りを発揮して、辞退していたところだろう。

 しかし今日は課題の時もそうだけど、食堂でも六花や和真から話しかけられれば、戸惑い言葉をつっかえさせながらも、返事をしていた。

 どうやら六花や和真といった、翔太や美桜と近しい友人なら、積極的に交流を持とうとしているらしい。

 そんな些細な()の変化は、()としても好ましいもの。

 頬を緩ませながら迎えた、本日最後の授業であるLHR(ロングホームルーム)


「今日は来月半ばにある体育祭の委員を決めます」


 担任教諭が告げたそんな言葉で、教室が一気に騒めきだす。


「色分けって、赤白青黄の4色に、クラスごとに振り分けだっけ?」

「配点は個人より団体の方が大きいから、そっちを重点的に攻める?」

「応援合戦の人気投票や借り物競争とか、運動能力が問われないものが、案外勝敗に左右するって聞いたけど!」

「とりあえず部活対抗があるから、委員は無所属の方が――」

「まとめ役、ってなると――」


 喧々諤々。

 各所で湧き立つ声の熱量は大きい。

 確かにこの体育祭は、入学して以来初めての大きなイベントだ。

 とはいえ体育祭なんて小学校や中学校でも経験してきているものだし、多少特殊な競技が増えたようとも、高校のそれが大きく逸脱するとは思えない。

 この予想外の盛り上がりっぷりに、思わず首を捻っていると、横から話しかけてくる人がいた。


「よっ、不思議そうな顔をしているな、翔太」

「和真。まぁ、はしゃぎ過ぎというかなんて言うか……」

「噂だがどうも内申に多少関係しているらしく、優勝すると指定校推薦で有利になるらしいとか」

「へぇ」


 進学に関わるとなれば、熱も籠もろうというもの。意外な形で進学校だということ再確認する翔太。

 しかし和真はこちらが本命とばかりに肩を竦めながら言う。


「あと優勝した組は全員、プレミアムシュークリームが配られるらしい。ほら、郡山モール入り口にある、あそこの」

「え、あの結構お高いやつ!? なるほど、そりゃ女子が盛り上がるわけだ」

「五條とか正にそれだろ」

「あぁ……」


 美桜の方へと視線を向ければ丁度他の女子たちから説明されたのか、「え、あたし高くて食べたことない!」と喝采を上げていた。英梨花でさえ、少しそわそわとし落ち着かない様子を見せている。その姿を見て、翔太と和真は顔を見合わせ苦笑い。

 活発な話し合いは続く。

 最初こそは面食らったものの、翔太は元来運動は好きな方だ。一時期怪我で遠ざかっていたものの、それももう完治している。

 こうして話に参加すれば、なんだかんだで心が疼くというもの。

 やがてある程度の指針が決定し、委員を決めることに。

 幸いにして男子の方は、すぐに決まった。


「男子の委員は……北村か」

「精一杯務めさせてもらいますっ」


 黒板に書かれた男子委員の名前を見た担任教諭の呟きに、生真面目そうな声色で答える北村。

 スラリと背が高く、端正な顔を少しばかりの緊張で硬くさせている様子を見て、頬を引き攣らせる翔太。

 北村とは美桜の件で色々とあった。そもそも、美桜と偽装カップルだなんてことをする羽目になったのは、彼の告白が切っ掛けだ。

 先日の懇親会での出来事も記憶に新しい。北村に対し、内心思うところはある。

 しかしそれでも翔太には、北村が委員になることに文句はなかった。

 少々融通が利かないところがあるものの、物事を公平に見て分析する力がある。それだけでなく指揮能力にも長け、体育の授業では各種競技で司令塔として活躍する姿を見せてきた。さらには本人の運動神経も、既にバスケ部で頭角を現しているらしく、運動部内での信頼も厚い。彼こそ、適任だろう。

 一方女子はといえば、難航していた。

 北村ほどに指揮が得意な人がいないのだ。

 誰でもいいと言えば誰でもいいのだが、何せ優勝にはプレミアムシュークリームがかかっている。敗北した時の責任を負いたくないのだろう。それぞれ遠慮し合う空気が醸成されている。

 なかなか決まらず、騒めくだけで無為な時間が過ぎていく。


「女子は誰かいないのか? 立候補がいなければ推薦でもいいが……」


 困ったとばかりに担任教諭がそう零すと、誰かがポツリと呟いた。


「五條でいいんじゃね?」


 するとたちまち教室のあちこちで「あぁ、五條さんなら」「女子のまとめ役っぽいとこあるし」「中学の時も――」といった声が囁かれ、美桜にしようという空気が形成されていく。

 美桜と目が合えば、困った顔を見合わせる。

 いつもならこういう時、「しょうがないなぁ」だとかなんとかいって、手を上げているところだろう。

 しかし美桜が委員になると必然、北村とペアになってしまうわけで。

 翔太や美桜だけでなく、北村本人も気まずそうな顔になっているものの、女子の委員が決まらず焦れてしまったクラスメイトたちは気付かない。

 一応、六花があたふたと「盛り上げたり騒いだりは得意だけど~」と言ったりして火消しに走っているものの、カエルの面に水。


(……英梨花?)


 その時、やけにそわそわしている英梨花が目に映った。少しばかり前のめり気味で、手をもぞもそとさせている。

 何か手を上げて言いたいことがあるのだろうか? 別の決め方の提案とか?

 考えてみるもののわからず、首を捻る翔太。

 それなら本人に聞いてみようと英梨花に声を掛けようとした瞬間、美桜はふぅ、と小さく良きを吐いた後「よし!」と小さく呟く。こちらに向かってゴメンねとばかり片手を上げ、それから「はーい!」と言いながら勢いよく立ち上がった。


「じゃあ、女子の方はあたしがしまーす!」


 その宣言はたちどころに拍手と共に受け入れられ、こうして女子の委員は美桜に決まる。

 調子よく皆に「よろしく~♪」と愛想を振りまく美桜を見て翔太はため息を吐き、英梨花は少し不満そうに眉を寄せた。



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