51.心配させるな、バカ
その後、特に問題もなくカラオケも終わった。
「はーい、会費集めまーす!」
「大きいのしかない人はりっちゃんに言ってねー、崩せるからー」
エントランス付近では、幹事である美桜と六花が会費を徴収している。
その少し離れたところでは、「楽しかった!」「またやりたいよね!」「会費も安かったし!」といった、和気藹々とした声が聞こえてくる。
彼らの声色は明らかに始まる前より弾んでおり、親睦会は大成功と言えるだろう。
「……」
そんな中、憮然とした顔で陰鬱なオーラを振り撒く存在は、よく目立つ。
無視しようにも、そこから視線を投げかけられていたら、気にしないのも難しい。英梨花も眉根を寄せて、オロオロと困った様に目を泳がせる。
「あーその翔太、北村と何かあったのか?」
「和真……」
当然、そのことを気に掛ける人も居る。
和真が気遣わし気に訊ねてくるも、しかしどう応えていいかわからない。
戸惑いつつ北村の方へと目をやれば、彼もまた友人たちに囲まれていた。その様子はまるで慰められているかのよう。依然として顔には難色を滲ませており、時折こちらの様子を窺う。
先ほど彼から語られた美桜への真摯な気持ちを思い返し、騒めく胸に手を当てれば、当事者以外に、たとえ親友の和真であっても言うのは憚られる。
だから翔太は、懊悩を隠し切れない顔で返事を絞り出した。
「何でもないよ」
「そう、か……」
なんとも釈然としない様子の和真。翔太も誤魔化すような愛想笑いを浮かべ、サッと目を逸らす。すると、視線の先に受付に向かう美桜と六花の姿。会計をしに行くのだろう。先ほど会費を徴収していたのだから当然だ。
だけど何かが引っ掛かり、翔太は反射的に駆け出した。
「いやー、割引が色々重なると、人数が人数だけにすごくお得した気分だね!」
「平日だともっと安いし、今度は中間試験休みの平日とか狙うのもありかも!」
「うっ、そのことを思い出させないでよーーって、美桜っち⁉」
「……ぁ」
するとその時、美桜がふらりと足をよろめかす。
あわや倒れそうになるところを、間一髪翔太が美桜の腕を取り、事なきを得る。
「美桜、大丈夫か?」
「お、おぉ、うん、大丈夫」
「葛城っち、すっげー! ナイスタイミング!」
「いやー、履き慣れないものだから、靴擦れしたのかも」
「……本当にそれだけか?」
「へ? ……って、しょーちゃん⁉」
「はわ、あわわ……っ」
美桜の足、そして顔色を見た翔太は、横向きに抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこだ。いきなりの翔太の行動に美桜や六花からだけでなく、周囲からも「「「おぉっ⁉」」」と驚嘆の声も上がる。
しかし翔太はそれらの声にまるで気にも留めず、近くの長椅子に美桜を座らせ、「しょーちゃん、自分で脱ぐから!」という美桜の声を無視して患部を露出させあらためる。
美桜の踵は靴擦れで薄皮がぺろりと剥がれ、赤くなっていた。翔太は痛ましそうに眉間に皺を刻む。
「……結構擦れちゃってる。結構痛かったんじゃないか? 誰か絆創膏もってないか?」
「いやまぁ、我慢できるくらいだし、なくても大丈夫だよぅ」
「バカッ、俺がそのちょっとした怪我で試合に出られなくなったの忘れたか!」
「っ! うぅ、はい、そう、だよね……」
なんてことない風に言う美桜だが、かつての自分に身に起こったことを思えば、語気も荒くなる。なんせ間近で見てきたのだ。それに翔太が、切に自身のことを案じているというのが、分からない美桜ではない。
するとその時、六花がおずおずといった様子で絆創膏を差し出してきた。
「あの、葛城っち、これ……」
「お、サンキュ、今西」
デフォルメされた子犬がプリントされた可愛らしい絆創膏を受け取った翔太は、貼ろうとしたところで一度手を止め、患部にチュッと唇を寄せて吸い、ぺろりと舐め上げた。
さすがに翔太の行動に、美桜も驚きの声を上げる。
「しょ、しょーちゃん⁉」
「消毒代わりだ、我慢しろ」
「あぅぅ、しょーちゃんに辱められたよぅ」
「緊急事態だから仕方ないだろう」
あまりにも大げさなと感じた美桜の反応に、唇を尖らせる翔太。六花も「はわわ」と言って顔を真っ赤にして両頬に手を当てている。
はぁ、とため息を吐けば、ふと美桜の顔色に陰りがあることに気付く。呼吸も少し乱れており、怪訝に思った翔太は美桜の額に自らの額をコツンと当てた。
「い、いきなり何を⁉」
「……美桜、もしかしてちょっと熱があるんじゃ?」
「え、えーっと、それはそのぅ……」
よくよく見れば、じんわり汗もかいており、表情にも疲労の色が見える。
美桜は昔から、よく言えば頑張り過ぎるところがあった。そして、我慢を重ねてしまうというところも。先ほどの靴擦れの我慢だってそうだ。
高校最初のイベントである親睦会を成功させようと気合を入れ過ぎて、知らず疲労を蓄積させたのだろう。また、幹事をしているという責任感から、場の空気を壊さないよう我慢を重ねていたのかもしれない。
そしてふいに、かつて美桜が母を亡くした時のことを思い出す。あの時も母の代わりにならんとして、寂しさを紛らわせることもあって過剰に頑張り過ぎて、息を抜きことを考えず、ぶっ倒れた。あの時、泣きじゃくっていた美桜の顔、そしてどうしてすぐ傍で見ていたのにそこまで無理をさせたのかという、慚愧の念は忘れられそうにない。
翔太は自嘲を零し、そっと背を向け屈んだ。
「ほら、家までおぶっていくから乗れよ」
「え、いやその、えっと、あたし重いよ……?」
「なら、丁度いいトレーニングになるな」
「あ、ほら、ちょっと待てば痛みも引くだろうし……」
「いいから。心配させるな、バカ」
「……はい」
翔太が有無を言わさずピシャリと言えば、美桜は観念したのかおずおずと背中に乗ってくる。すかさず立ち上がり、ぎゅっと足を掴んで「ひゃっ⁉」と驚く美桜の声を無視し、背負いなおす。予想よりもひどく軽い身体に、びっくりして眉を寄せる。
「てわけだから今西、後は任せていいか?」
「え、あ、うん。任せて」
「あんがと。それから英梨花、俺と美桜の荷物それと靴、頼めるか?」
「んっ」
六花に後をお願いし、ラウンズを後にする。少し遅れて英梨花がパタパタと着いてきた。
そして翔太たちの姿が見えなくなったエントランスでは、「「「きゃーっ!」」」という空気を震わす大歓声が上がった。