50.本当はどう思ってるんだ?
翔太と英梨花も、皆になるべく気付かれないようにこっそりと部屋を出る。
2人がどこへ行ったのかと注意深く周囲を見渡せば、すぐにトイレへと向かう途中にある休憩スペースにいる北村の姿が見つかった。
すぐさまこちらに気付いた北村は神妙な顔を向け、一瞬英梨花の姿に驚いたものの、すぐさまこちらに来いとばかりに頷く。それはまるで、待ち構えているかのようにも見えた。
いや、真実そうなのだろう。それを裏付けるかように、彼の目の前には呼び止められオロオロとまごつく美桜の姿。
一瞬、北村が美桜に何かしたのだろうと眉を寄せるが、小さく頭を振って否定する。まだ高校で出会ってクラスメイトとしても付き合いが浅いものの、基本的に生真面目で正義感強も強い。短慮なことはしないだろう。ただ、あの時の公開告白が例外だっただけだ。
どうやら彼は、翔太と美桜の両方に話があるらしい。袖を引かれたままの翔太は英梨花を伴い、その身を2人の間に滑らせる。
北村はただ眉を少し寄せて、まるで査定するかのような鋭い視線を送るのみ。
「俺たちに何か用か、北村」
「……………………あぁ」
翔太が訊ねれば北村は瞑目し、たっぷり一呼吸の間を置いて簡素に応え、今度は明らかに疑念に満ちた目を向けてくる。
それを受けギクリとしてしまい、ゴクリと喉を鳴らす翔太。後ろめたさが胸を滲ませる中、北村は頬を赤く染め上げ少し言い辛そうに口を開く。
「ぼ、僕はその、五條さんのことが好きだ……っ!」
「ふぇ⁉」「っ!」「え、あ、あの……?」
「すごく些細で単純なことと思われるかもだけど、初めて僕の目を見て話してくれたんだ。課題で、難しいかどうか聞かれて。どう応えていいかわからず素っ気ない態度を取り続けても、その後も何度も話しかけて笑ってくれて……それから気付けば目で追うようになってしまったんだ。ふと視界に入っただけでドキドキするようになってしまって……だから好きだと自覚した時にはその、あんな場所だというのに声を上げてしまって。いきなりのことで迷惑かけたと思う。ごめん、そこは反省してる……でも、後悔はしていないっ」
「え、あ、うん」「お、おぅ」「……」
早口で告げるいきなりの改めての告白に、面食らう面々。
一方で赤裸々に自らの想いを熱弁されれば、彼の本気具合も分かろうというもの。その気持ちは紛うことなく本物だ。
翔太の顔がくしゃりと歪む。美桜もまた胸に手を当て苦々しく俯き気味に顔を顰めていると、北村としてもそんな顔をさせるのは不本意だったのだろう、慌ててそうじゃないと両手を胸の前で振りながら弁明する。
「あぁ、今更別にどうこう言うつもりはないよ。冷静になって考えれば特に交流のなかった僕からそんなことを言われても、こうなるのも当然だ。けれど、わからないことがあるんだ」
「わからない?」
「君たちの様子が、今まで変わらなくて」
「そ、それはまぁ、腐れ縁だし……ほらボーリングの時に今西とかも言ってただろう? 今更ベタベタしないというか」
「う、うんうん。互いに気持ちも分かってるしね」
「でも僕は自分の好きな人が、恋人が、他の奴と喋っていたり放っておかれてして平気な顔をしているのが気になって……僕ならきっと、嫉妬でおかしくなると思う……」
「っ!」「え、えーと……」
言葉に詰まる。
それはまるで、好きでもないのに付き合っているのではと問い詰められているかのよう。
また、ひどく北村に対して不誠実なことをしている自覚もあり、ズキリと胸が痛む。
案の定、猜疑心に満ちた苦々しい顔をした北村は、やけに真剣な声色で問う。
「葛城くん、君、本当は五條さんのことをどう思ってるんだ?」
ウソは許さない――そんな気迫と一途さがあった。
思わずたじろぎそうになり、ちらりととなりの美桜を見れば、口を噤み暗い顔で俯いている。
(…………)
美桜は男女の交際に、再婚した義母のこともあって思うことがあるのを知っている。
翔太は北村に、生半可なごまかしの言葉が通じるとは思わなかった。
ふと目を瞑り、美桜について思い巡らす。
小さなころからの腐れ縁。
互いの良いところも悪いところも知り尽くし、気兼ねしないで済む仲。
そして幼い頃、唯一翔太たちの髪色を厭うことなく手を差し伸べてくれた女の子。
一体そのことにどれだけ救われたことか。きっとあの時美桜がまっすぐに自分を見てくれたから、性根が歪むことなく、今の自分があるのだろう。
くすりと口元が緩む。
「美桜は俺にとって大切で、掛け替えのない相手だよ」
「っ⁉」「っ!」「……っ」
その言葉は自然にするりと零れ落ちた。まぎれもなく、翔太の本音だった。
皆の息を呑む声が聞こえる。
北村は困惑と共に、どこか信じられないと瞠目し、顔を逸らす。
「なら……っ、でも……っ」
不承不承が色濃く滲む声を零したところで、丁度パーティールームからクラスメイトが数人顔を出した。手にはカップ、どうやらドリンクバーへと向かうようだ。
先日のことを思い返せば、この取り合わせを見られれば何と思われるやら。
「…………っ!」
空気を読んだのか北村は、俯いたまま身を翻す。
後に残された場に漂うのは、なんとももやりとした空気。
翔太はそれを振り払うかのように、努めて明るい声を上げた。
「俺たちも戻ろっか」
「そうだね」
連れ立って歩き出す。しばらくすると、英梨花が付いて来ていないことに気付く。
「……英梨花?」
「ぁ」
「えりちゃん、行くよー」
「……ん」
振り返ると英梨花は少し茫洋とした様子で立ち尽くしていたものの、声を掛ければ目を瞬かせた後、駆け寄ってきてぎこちなく笑みを浮かべる。
翔太は変なところに巻き込んでしまったなと、曖昧な笑みを浮かべるのだった。