48.親睦会
そうこうしているうちに、六花から「皆来たし、そろそろ移動するよー!」という声が聞こえてくる。
美桜も「ちょっと行ってくる!」と声を掛け六花のところへ。パッと周囲を見渡した感じ、この場に居るのは十数人、クラスの3分の1くらいだろうか。突発的な思い付きのイベントにしては人が多く、さすがに1人で捌くには数が多すぎるだろう。
出身中学もバラバラのようで、よくもまぁこれだけの人数を集めたと美桜や六花の手腕に感心していると、ふいに見えた人物に息を呑む。
「……っ」
「兄さん?」
するとそれに気付いた英梨花がどうしたのかと袖を引き、顔を覗き込んでくる。
一瞬躊躇うものの、英梨花もこれには無関係ではないだろうと判断を下し、視線である場所を促す。すると英梨花もまた瞠目し、思わずポツリと彼の名前をポツリと零した。
「北村、くん」
「……来てたんだな」
彼は仲の良いグループと一緒なのか、朗らかに談笑をしていた。
一見、特に何かしようとしているとは見受けられない。しかし、時折チラチラと美桜を見ているのだ。翔太と英梨花の眉間に皺が寄る。
この催しの中心が美桜だというのは周知の事実。それを承知でやってきているのだろう。
先日の事件はまだ、皆の記憶にも新しい。一体どういうつもりなのだろうか? 迂闊な行動を起こすタイプとも思えない。
ただ1つ確かなのは彼の手前、偽装カップルを疑われないようにするべきだろう。
「……兄さん」
「あぁ、今日は気を抜けなさそうだな」
翔太と英梨花はそれぞれざわつく胸に嫌な予感をさせながら、最後尾を着いて行くのだった。
◇
親睦会という建前もあり、ボーリングは2人1組で作ったチーム同士の戦いとなった。ルールは単純、チーム内で交互に投げ合うだけであとは通常のボーリングと同じ。
男子同士、女子同士でチームが作られているということもあり、翔太は場の空気を読んで和真と組むことにした。よしんばここで美桜と組んだとしても、カップルを相手にするチームも気まずくなることだろう。
交流目的ということもあり、対戦は自然と男子ペア対女子ペアという形になった。それも、普段はあまりしゃべらない相手とすることに。
翔太のボーリングの腕前は、運動自体得意ということもあり、同年代の中ではそこそこ上手いといったところだ。それは和真も同様で、なかなかのスコアを叩き出す。
一方、相手の女子たちはボーリング自体が初めてのようで、ガーターばかり。そこで和真が投げ方のコツを教えればたちまちピンに当たるようになり、彼女たちも快哉を上げる。
「わ、ほんとだ!」
「長龍くんすごい!」
「へへっ」
女子2人に賞賛の言葉を掛けられ鼻の下を伸ばす親友に、翔太は「まったく……」と呟き苦笑い。周囲に視線を巡らせば、同じような光景が各所で見て取れた。
ペアで組んだ英梨花と美桜はどうしているのだろうと思い、そちらの方を見てみれば、ちょうど英梨花がガーターしているところだった。どうやら英梨花もボーリングが苦手らしい。
男子ペアが何かを教えようと腰を浮かそうとするも、すかさず美桜がぴったり張り付き、手取り足取りレクチャーしている。
それだけでなく、美桜は少し残念そうにしていた次の手番の男子にも何かを伝え、その結果ストライク。すかさず美桜がやったねとばかりに片手を上げ、ハイタッチ。2人の間に清々しい笑みが生まれる。するともう片方の男子も美桜にアドバイスを求めだす。そちらも美桜がボールの投げ方を身振り手振りで教え、見事にスペア。美桜がやるじゃんと肘で小突けば、彼は照れ臭そうに頬を掻く。
どうやらあちらは上手く美桜が英梨花をガードしながらも、和気藹々とうまくやっているらしい。相変わらず誰かと打ち解けるのが上手いやつだ。とはいうものの、美桜が他の男子と仲良くしている姿は北村の目にどう映るだろうか。
そのことを思いしかめっ面を作っていると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている和真に気付く。
「なんだ翔太、愛しのカノジョが気になるってか?」
「別に。ちょっとどうしてるのか気になっただけだ」
「ふぅん? で、本当は他の奴に靡いたりしたらどうしようって不安だったり?」
「ははっ、それは全然気にしてねーよ」
「っ、へ、へぇ……」
「……なんだよ」
和真の冷やかしに呆れたように応えれば、意外な反応に目を細める。
すると同時に横から「「きゃーっ!」」という黄色い声が上がり、瞳を爛々と好奇の色に輝かせた女子2人にぐいっと迫られ、思わず後ずさってしまう。
「この全然気にしてないところ、よっぽど信頼がないと言えないっていうか!」
「そうそう! 2人って小学校上がる前からの付き合いって聞いたけど、本当⁉」
「前々から五條さん、葛城くんにだけ特別なところはあったけど!」
「付き合いたてにしてはラブラブしてないよね⁉」
「でも通じ合ってるとこはあるよね!」
「本当はもっと前から付き合ってたとか⁉」
「「ねーっ!」」
「え、えっと……」
矢継ぎ早に美桜とのことの質問を浴びせかけられ、返答に窮する翔太。
そもそもが偽装なのだ。答えられようはずもない。
しかし、北村の動向が分からない今、美桜との関係が疑われるわけにもいかなくて。
翔太が目を泳がせていると、となりのレーンから「あ!」と声を掛けられた。
「そういや美桜っちって、随分前から葛城くん家に通い妻してなかったっけ?」
「い、今西⁉」
「か、通い妻⁉」
「ど、どどどどういうこと⁉ 詳しく!」
「親の仕事の都合でさ、夕飯自分でどうにかしなくちゃならないことが多いらしく、その時は小学校上がる前から付き合いがある美桜っちが作ってたってわけ」
「いやまぁ、そうだけど……」
「「「きゃーっ!」」」
六花のタレコミの言葉に女子たちの興奮した声が上がる。
「だから熟年夫婦みたいな感じのとこあったんだね!」
「もしかして同棲カップルが『そろそろ結婚する?』的なノリで付き合いだした⁉」
「……想像に任せる」
美桜が夕飯を作りに来ていることは、別に隠していることではない。六花だけでなく、古くから付き合いがある和真も当然、知っていることだ。別に隠すことではないものの、どうしてこのタイミングでという気持ちはある。
案の定女子たちの興味に火を注ぎ、「てことは両家公認⁉」「式には呼んでよ!」と妄想をヒートアップさせ、居た堪れなくなっていく。翔太は抗議とばかりにジロリと六花に目をやれば、ニッ、と何かをやり遂げたいい笑顔を返されるのみ。彼女としては良かれと思ってやったのだろう。
はぁ、とやるせないため息を吐く翔太。しかしこれはこれで、美桜との関係を周知し、強固にするのに丁度いいと前向きに思い直す。事実、注目を集め微笑ましく語られている。その中には北村もいた。こちらに気付いた北村はすぐさま顔を背け、そしてペアの男子にポンッと背中を叩かれながら何かの話をしだす。
「……」
明らかに何かがありそうな様子だ。
しかし今一つ彼の狙いや思いが読めず、翔太は眉を顰めるのだった。