47.……姉妹、みたいだな
中天に差し掛かった太陽は、春らしい陽気を振り撒いていた。
そこかしこに植わっている桜はすっかり新緑に覆われており、春の終わりを謳う。
気持ちの良い気候にバス停へと向かう足取りも軽く、翔太の数歩先を歩く美桜が鼻歌まじりに口を開く。
「いっやーこの服、しょーちゃん家に来た時以来だけど、また着る機会があってよかったよー。完全に箪笥の肥やしなりつつあったし!」
そう言って美桜が躍るようにくるりと回り、短いスカートの裾を翻す。際どいところが見えそうになり、英梨花が慌てて駆け寄り窘める。
「兄さんに見えちゃう!」
「おっと、それはそれは……てかしょーちゃん、見たい? 見とく? ほら、今日は例の勝負下着だし!」
「みーちゃん!」
「……俺はそれに、何て答えればいいんだよ……」
「てへっ」
美桜が揶揄うようにスカートの裾を持ちあげようとすれば、英梨花がピシャリとその手を叩く。何やってんだと呆れて天を仰ぐ翔太。
ぷくりと頬を膨らませた英梨花に叱られる美桜を、プライベートなところではそんな様子がすっかりおなじみになった2人を見て、ふと思うことがあった。
(……姉妹、みたいだな)
クラスメイトには未だ人見知りしている英梨花も、美桜との間には何の遠慮も気負いもなく、数年の空白など感じさせられない。
一方、妹との距離感や接し方を掴み切れていない翔太は、くしゃりと眉を寄せた。
◇
ラウンズはボーリングやカラオケだけでなく、ビリヤードや卓球、ミニバスケにバッティングセンターなどもある、複合アミューズメント施設だ。
この近辺で遊興に赴くとなれば、まずここを思い浮かべる人も多いだろう。バスで数駅と少々遠いところにあるものの、翔太たちも中学時代、よくここを利用していた。
待ち合わせ場所にもなっているバス停で降りるなり、六花から「おーい!」と、大きく手を振りながら声を掛けられた。
「こっちこっちー、って美桜っち私服も変化してる⁉」
「へっへーん、髪型変えた時ついでにね。ま、これしかないんだけど! で、どうさ⁉」
「可愛いよ、っていうかびっくりだよ!」
「それはあたしも思う!」
「思うんかい!」
早速六花のところへ駆け寄り、きゃいきゃいと話に華を咲かす美桜。
するとたちまち既に来ていた他の人たちにも囲まれ、「五條さん似合ってる!」「私服姿もイケてるね」「それどこで買ったの?」といった言葉を矢継ぎ早に掛けられれば、「お店の人に丸投げだった!」「むしろ夏服とかどうしたらいいの⁉」といった、いつもの美桜らしい返事をしては笑いを誘う。
その中には男子も混じっていたが、以前とは違い、彼らから美桜に対する下心は感じられない。純粋に会話を楽しんでいるようだ。ひとまずは偽装カップルの効果が出ているのかと、胸を撫で下ろしながら見ていると、ふいに横から声を掛けられた。
「よっ、翔太」
「っ!」
「和真も来てたのか……っと」
「て、悪ぃ、妹ちゃん驚かせちゃったみたいだな」
急に現れた和真にビクリと肩を震わせ、反射的に兄の背の影に隠れる英梨花。
その反応に怖がらせてしまったとばかりに、バツの悪い表情を作る和真。
つい無意識にやってしまった行動なだけに、英梨花は申し訳なさそうに微かに眉を寄せ、しずしずと顔を出し様子を窺うも、和真もどうしていいか分からず視線を投げてくる。
翔太は、苦笑と共にくしゃりと妹の頭をひと撫でし、弁明するように言う。
「すまんな、俺の妹がその、まだ色々と慣れていないようで」
「あぁいや、オレだってまだ全員の顔と名前を憶えてないしな。それに――」
和真はそこで言葉を区切り、観察するように翔太と英梨花を見やる。そして皆とはしゃぐ美桜へと視線を移し、「ふむ」と顎に手を当て再びこちらに向き直り、肩を竦めおどけた調子で言った。
「なんていうか、これじゃ妹ちゃんの方がカノジョって感じだな」
「っ!」
「い、いやこれくらい普通だろ?」
「そうかー? オレ、ねーちゃんとそんなベタベタしないし、するところも想像できないしさ」
「あ、姉と妹じゃその辺、違うだろ」
「そうかなー?」
「ねね、何の話ー?」
和真の軽口に、少々気を取り乱す翔太。するとそこへ、横から美桜が何しているのいった様子でひょいっと顔を出す。先ほどまで話題の中心に居たのを見ているので、こっちに来ても大丈夫なのかと目を瞬かせれば、美桜は「あぁ」と苦笑を零す。
「いっやー、さすがのあたしも空気が読めるといいますか」
美桜に視線で促された先に意識を向けてみれば、「学校とイメージ違うね」「ちょっと冒険してみた」「そのブランド、オレも好きで」「夏服だけどさ」といった言葉が聞こえてくる。美桜を切っ掛けに、今日やってきた女子たちの服装について盛り上がり、彼女たちもまた満更でもなさそうだ。
考えてみれば初めて私服姿を披露する機会でもあったのだろう。気合を入れ、いつもはしないメイクをしている娘も多い。その様子を見た翔太も、納得したように苦笑を零す。
「なるほどな」
「ま、あたしは攻略対象外といいますか」
動機はどうであれ、これは普段気になっていた人と距離を詰めたり、学校とは違う自分をアピールする絶好のチャンスなのだ。そこに、既にカレシがいる美桜が居ればノイズになるというもの。
その一方で、純粋に遊ぶために来ている人も居る。六花もそうだろう。すっかり色めき立つ周囲にわたわたしている様子が目に入ったので美桜に目を向ければ、肩を竦められた。
それらを見た和真が、「ふむ」と呻く。
「確かにこりゃ、翔太は妹ちゃんをしっかりガードしてあげた方がいいかもだな」
「あぁ、そうだな」
「えりちゃん可愛いもんねー、狙ってる人多そうだしあたしも守るよー。ってか長龍くんもそうじゃないのー?」
「それは……ちょっとだけ、ね?」
「…………む」
美桜がぎゅっと英梨花に抱き着いて和真を揶揄えば、おどけて返す。その反応にどうすればいいかと困った英梨花が呻き声を上げれば、あははと笑い声が広がった。