46.責任取ってね、兄さん
放課後、美桜は六花と一緒に急遽開催されることになったクラス親睦会の詳細を決めるということで、先に帰ることになった。
隣をしずしずと歩くのは英梨花。こうして並んで歩くのは、なんだか久しぶりに感じる。
思い返すと、英梨花が我が家に戻ってきてすぐ美桜も転がり込んできたこともあり、3人のことが多い。それに話題を切り出す時は、いつも美桜だ。
だからというか、2人になると何を話していいかわからない。
沈黙が気まずいというわけではないけれど、しかし何か話さないと勿体ない気がして。ここ最近、美桜との偽装カップルのせいで付き合いが減っていたから、なおさらに。
何か取っ掛かりがないかと視線を巡らしていると、英梨花の様子が少し消沈していることに気付く。
はて、と考えるも一瞬。思い当たることといえば先ほどのことだろう。
「英梨花、もしかして親睦会、乗り気じゃないのか?」
「……人多いの、苦手」
「あー……」
翔太が訊ねれば、英梨花はほんのり眉を寄せて申し訳なさそうに言う。普段から人付き合いを苦手としている英梨花のこと、もし行ったところで隅の方で孤立するのは想像に難くない。わざわざそのそれが分かっているのにその場に行くのも酷というもの。
悩まし気に「むぅ」、と唸る翔太。
元々英梨花の意志を確認せず、美桜に強引に引き込まれた形だ。
「なら、断っておくか?」
「……ん、いい」
そう提案するも、英梨花はふるふるとぎこちなく頭を振るのみ。
翔太が「でも――」と言いかけたところで、言葉を被せられる。
「兄さんとみーちゃん、行くから」
少し拗ねたような、甘えるような声色だった。
どうやら自分だけ仲間外れになるのは嫌らしい。
確かに中心になっているお祭り好きの美桜が、行かないということはないだろう。その偽装カレシである翔太も、行かないという選択肢はない。そこまで配慮が足りなかったなと、気まずさを誤魔化す様に頭を掻いていると、ふいに英梨花が耳元に口を寄せ、囁いた。
「責任取ってね、兄さん」
「っ! お、おぅ」
その言い方と、うっすらと怪しげな笑みを浮かべる様はまるで小悪魔そのもの。
翔太はそんな妹に、ドキリとさせられるのだった。
◇
クラス親睦会がある週末の朝、翔太は左半身に感じるもぞもぞと動く物体に起こされる形となった。
「美桜?」
「あ、しょーちゃん起きたんだ。おはよー」
思わず胡乱気な声をもぞもぞ動く物体こと美桜に向けるも、その美桜はといえば何かを気にした様子はなく、マイペースに翔太の腕や胸に頭を乗せてはパシャパシャとスマホで写真を撮っている。
「むぅ、しょーちゃん目を瞑ってくれなきゃ『翔太ならオレの隣で寝ているぜ』的な絵が撮れないじゃん」
「朝から何やってんだよ」
「いっやー、こないだ彼シャツ撮ったでしょ? 何か物足りないと思ってたんだよねー。で、これだと!」
「……ったく」
隣で蠢く美桜は、またしても翔太のシャツを着ていた。昨日着ていたものではないので、勝手にクローゼットから取り出したものだろう。
どうせこれは思い付きでしていることに違いない。自由な奴である。
それはまだいい。美桜のその格好は、襟口から白い片方の肩がだらしなく露わになっており、まるで乱れた後の様。さすがに目のやり場に困り、嘆息と共に顔を背ける。
「あ、大丈夫だよ。今日はちゃんと穿いてるから!」
「聞いてねぇ!」
「あうち!」
思わずツッコミと共に手刀で頭を小突く翔太。これでもうおしまいとばかりに置き上がれば、美桜から「あぁん」と残念そうな声が上がる。
それを無視して部屋を出ようとすると、空きっぱなしのドアから英梨花がこちらを見ていることに気付く。その視線はとても冷ややかだった。
「……ぁ」
「……」
ギクリと心臓が縮み上がるのを自覚する。
兄と幼馴染が同じベッドで戯れている光景は、体裁が悪いなんてものじゃない。
「あ、おっはよーえりちゃん! わ、もういつでも出られる状態だ。待っててね、ご飯作るから!」
しかし美桜は気に掛けた風もなく、ぴょんっとベッドから飛び降りるなり元気よく挨拶をして、トントントンと階段を降りていく。
その後ろ姿を呆気に取られた様子で見送った英梨花は、「ふう」と息を吐いた後、ジト目を向けてきた。
「やっぱりアレ、兄さんの趣味?」
「っ、いや違う。アレはその、美桜が勝手にというか……」
「……」
翔太が言い訳を紡ぐも、どこか問い詰める目を向けてくるのみ。「うぐ」、と言葉を詰まらせていると、ふいに英梨花はいじけたように視線を逸らし、唇を尖らせて言う。
「言ってくれれば、私も着てあげるのに」
「…………ぇ」
聞き返すよりも早く英梨花は身を翻す。僅かに見えた耳の先は、真っ赤に染まっていた。
翔太はその真意を掴み切れず、さりとて聞き返すことも出来ず、胸の内を掻き乱されるのだった。