45.実力テストのッ、バカヤローッ!
学園生活もすっかり慣れて日常の一部になり、気も緩み始める4月後半に差し掛かる頃。
不意打ち気味に実施された実力テストの結果に、教室内は阿鼻叫喚の体を表していた。進学校だということを思い知らされた形だ。
「しょーちゃんあたしね、人の本当の価値はテストの点数なんかで決まらないと思うの」
「そうか、そうかもな。で、それはそれとして何点だったんだ?」
「……しょーちゃんあたしね、これ別に成績の考慮しないし補習とかもないっていうし、実質テストなんてなかったと言っていいと思うの」
「そうか、存在自体を否定したくなるほど散々だったんだな」
「っ、実力テストのッ、バカヤローッ!」
翔太がやけに優しい声を掛けて微笑めば、美桜は両腕を上げて吠え出した。どうやら点数はかなり悪かったらしい。
元来、美桜は勉強嫌いだ。去年、受験の時も相当苦労して教えたのも憶えている。その反動から、入学以来ほとんど勉強らしいことをしていないということも。
このままだと中学の頃と同様、中間テスト目前になれば泣きついてくるだろう。
ちなみに翔太はといえば、それなりといったところだった。どれも平均点以上キープしている。実力テストはかなり難しいと感じたものの、妹が主席で入学したということもあり、兄として恥ずかしい目で見られないようコツコツ重ねた勉強の功を奏した形だ。
その英梨花はといえば、やはりこの実力テストも好成績だったようだ。何人かのクラスメイトからいい機会とばかりに難問だったところを質問され、「そこは前置詞が」「yに代入するだけ」と答えている。相変わらず素っ気ない言い方で冷たく感じるが、翔太には人見知りを発揮して少々テンパっているのがわかり、苦笑を零す。
教室内ではそんな、実力テストに関する様々な光景が広げられていた。
結果が芳しくなく悲壮になっている者、手ごたえを感じてはしゃぐ者、もう終わったことだと切り替えている者、エトセトラ。
そんな中、1人の女子生徒がよく響く大声を上げた。
「諸君、テストは終わった。終わってしまったのだ! もういくら見返したところで点数は変わらない。いつまでもこの結果に捕らわれてはいけないのだ! よってここにテストを忘れ、次の自分に檄を入れるための壮行会を提案する!」
演説のように身振り手振りで気炎を上げている、小柄でくりくりしたショートカットの女子生徒には見覚えがあった。
今西六花。
同じ中学で美桜とも仲が良く、高校に入ってからもよくつるんでいるのを見かけている。
だから当然、すぐさま彼女に賛同するのも美桜だった。
「そうだそうだ、イヤなことは騒いで忘れちゃえ!」
ノリの美桜の言葉に、そこかしこから同意の声が上がっていく。
「高校生の青春はなにも勉強だけじゃないぞーっ!」
「テストの点以外にも大事なことがあるんだぞーっ!」
「私はここにイベントの幹事が出来ることを証明するっ!」
「やるならいっそ、盛大に!」
「よろしい、ならばラウンズでボーリングとカラオケ大会といこうでないか!」
「いえーいっ! で、いつにする?」
「確かアプリの予約割りがかなりお得だったはず」
「とりあえず、人数確定させないと。行く人ー?」
「あ、それってオレらも行っていい?」
「ぜひぜひ、大歓迎! っていうかついでにクラスの親睦会も兼ねちゃう?」
「おーっ!」
美桜が楽しそうに話して煽れば、他の人もその笑顔に釣られてどんどん話の輪に入ってきて盛り上がっていく。
(こういうところ、変わらないな)
中学の時もそうだった。これは美桜らしい人徳とも美点とも言えるだろう。
今はその美貌も相まって少々眩しく映り、目を細める。ふぅ、と息を吐いて見守っていると、案の定美桜がこちらに向かって手を上げ、確認してきた。
「しょーちゃんも行くよねー? えりちゃんも!」
「あぁ」
「…………ん」
すぐさま手を上げ返し、返事をする翔太と一拍の間を置き控えめに首肯する英梨花を見た美桜は、にぱっと笑みを咲かせて騒ぎの中心に戻っていった。