44.なんか懐かしいって思った
「ゲームコーナー? 太鼓でも叩くのか?」
「ほほぅ、久しぶりにあたしの華麗なバチさばきをお見せしようか?」
「一時のめり込んでたよなぁ。真剣な顔で『プロになるにはどうすればいいんだろう?』、って相談されたっけ」
「ギャーッ、あたしの黒歴史! それは忘れて、っていうかアレだよ、アレ!」
「あれは……」
美桜が指差す先にあるのは、撮影した写真を加工してシールにする筐体。女子の間でずっと人気のあるものだ。当然、美桜ともども今までやった記憶はない。
「ほら、よくラブラブプリシーとかいうじゃん? それにこんな機会じゃないと、ああいうのってやらないだろうし、せっかくだからさ」
「それもそうだな」
嬉々として目を爛々と輝かす美桜に釣られる形で、そわそわとする翔太。これまで縁のなかったものに、好奇心が騒ぐ。
そして中に入った瞬間、美桜は「わぁ!」と歓声を上げた。
「へーへー、こうなってんだ、っていうかほぼ個室だ!」
「ちょっとした秘密基地めいてるな」
「そうかも! 機能とかよくわかんないものいっぱいあるし!」
そんなことを話ながらあちこち見たり弄ったりする翔太と美桜。
ある程度使用用途とか分かってきたところで、ある問題に気付く。
「これ、どんなポーズで撮ればいいんだろ、こういうのとか?」
「確かなのは、そんな戦隊もののポーズは違うなとだけ」
「だよねー。こういう時は文明の利器! えーっと『プリシー ラブラブ ポーズ』、っと……うあ゛」
「なんだよその声……うあ゛」
スマホで調べ始めた美桜がカエルの潰れたような声を上げたので、一体何事かと思って画面を覗けば、翔太も思わず同様の声を上げた。
「これは確かにラブラブだけどさ……」
そこに映るのは顔を寄せ合い、互いの顎を掴み合うポーズ。もう片方の手はそれぞれの腰に回されており、抱き合っている。
「……さすがに他のにしとくか?」
「いーや、ここで退いたら負けな気がする」
「え、マジでやんの?」
「なに? もしかしてしょーちゃん日和ってる?」
「む、別にそんなんじゃないけど……そう言われたら俺も退けねえ!」
「おぅ、バッチこい!」
不敵な笑みを浮かべ両手を広げ、挑発する美桜。
幸いここは周囲の目を気にしないでいい。翔太は意識する前に動いてしまえと、勢いよく腰に手を掛け抱き寄せれば、美桜は「ぁ」と小さく驚く声を上げ、胸にすぽんと収まる。そしてこめかみとこめかみをコツンと押し当て、顎をくいっと掴み上げる。
美桜はされるがままだった、
そしてどうしたわけか、しばらくそのままの体勢で動かない。
「……美桜?」
「っ! あー、あはは……」
話しかけると我に返り頬を赤くした美桜が照れ笑い。
睫毛を伏せ、目を逸らしながら言う。
「いやぁ、しょーちゃんの力が強いとか、身体とかゴツゴツしてるとか、あたしすっぽり収まっちゃってるとか、そういうことをいきなり突き付けられたといいますか……」
「お、おぅ……」
そんなことを言われれば、途端に翔太も腕の中にいる自分とは違う美桜の柔らかい身体や体温、仄かに漂う甘い香りを、女の子を意識してしまい、顔が赤く染まっていく。目の前の画面で確認できるから、ことさらに。
美桜もおずおずと同じポーズを取り、ぎこちない様子で言葉もなく黙々と写真を撮り終えれば、どこか名残惜しそうに身体を離す。お互いの顔が見られないとばかりに筐体の画面を見れば、そこに映るのは気恥ずかしそうにラブラブポーズを決める2人の姿。
翔太と美桜はまたしても「うあ゛」と嘆きの声を零し、顔を見合わせ笑いあう。
「あはは、何これ! うっわー、あたしめっちゃ恥ずかしがってるし!」
「俺も何て顔してんだか!」
「これ、さすがに人にはお見せできないねー。えりちゃんでも躊躇うかも」
「ならいっそ落書き加工で好き勝手やっちゃおうか?」
「お、いいねぇ。別に、というかむしろ失敗させるつもりでやっちゃおう……ってこれ、目がめっちゃ大きくなる!」
「あ、これとか猫耳が色んな所に生えるぞ!」
「このキラキラやばーい!」
「これが盛る、ってやつか」
そんな感じで制限時間いっぱい使っても加工が終わることはなく、結局中途半端になってこれは何⁉ といった、しかし初々しさに溢れたものが出来上がり、2つに分けそれぞれ鞄に仕舞った。
◇
そうこうしているうちに良い時間になっていた。
郡山モールを出れば西空はすっかり茜色に染まっており、翔太たちの影を長く引き伸ばしている。バスを降り、見慣れた道を、どちらからともなく手を繋ぎながら歩く。
翔太の胸の内を占めているのは、不思議な高揚。
隣にいる美桜はいつもより近く、しかし何か既視感があった。
それが何かと思い巡らせていると、美桜がふいに「ね」と声を掛ける。
「今日もだけどさ、こうしてしょーちゃんと偽装カップルしながら普段はしないことをやったり、初めての場所に行ってみたりして、ドキドキわくわくしたんだけど……これってさ、ちょっと子供の頃と同じだって思ったんだ」
にこりと笑う美桜を見て、すとんと胸に落ちるものがあり、目をぱちくりとさせる。
確かにこの偽装カップルを通じ、胸が掻き乱されると共に、そこには幼い頃を彷彿とさせる郷愁や懐かしさというものがあった。きっと、かつて美桜と一緒に居て味わったものに酷似していたからだろう。
翔太はぱちくりとさせていた目を細めて口を緩ませ、偽らざる心境で同意する。
「そうだな。俺もなんか懐かしいって思った」
「こういうの、悪くないね」
「あぁ」
そう言って幼馴染の2人は、かつてのように茜色に染まる家路の中、無邪気な笑みを咲かせた。