43.……これ、いつもと同じだ
放課後、終業のチャイムが鳴ると同時に、校内は自由への開放を謳う喧騒に包まれる。
教室のあちらこちらでは、これからどうするかを話合われている中、美桜の「あちゃー」という困った声が響いた。
「どうした、美桜?」
「今日、郡山モールの薬局がポイント5倍デーだってのを思い出してさ。シャンプーやら洗剤とかが心もとなくなってたから、補充しときたいなーって」
「ふぅん、そういうこと。なら、行けばいいんじゃ?」
「ま、そういう話なんだけどね」
そんな生活臭漂う美桜らしい言葉に苦笑する翔太。
クラスメイトたちも、なんだそんなことかと微笑ましく口元を緩める。見ようによっては、色っぽい話ではないものの、放課後デートのお誘いにも見えるかもしれない。
しかし美桜は神妙な顔を作ったかと思えばサッと周囲を見回し、皆の興味が他に移ったのを確認して、耳元に口を寄せて囁く。
「買いたいの、しょーちゃん家で使ってるやつだからさ、どれなのかわかんなくて。詰め替え用のを買って中身違うの、なんかイヤでしょ?」
「あぁ、なるほど。けど銘柄覚えてないなぁ。パッケージ見たらわかるかもだけど」
「よし、なら決まり。帰りは郡山モール寄って帰ろ! おーい、えりちゃーん!」
「…………ぁ」
ポンッ、と手を叩いた美桜は、パタパタと英梨花の下へと駆け寄る。
いきなり話の水を向けられた英梨花は、ぱちぱちと目を瞬かせ思案顔。そして周囲に視線を走らせ、わずかに眉を寄せて申し訳なさそうに口を開く。
「ん、遠慮しとく」
「え、何か用事あるの?」
「特に――」
英梨花はそこで一度言葉を区切り、小さく頭を振って言い直す。
「――バイト、探したくて」
「そっかー、それなら仕方ないかー」
「ん」
そう言うなり、英梨花はサッと鞄を掴み、教室を後にする。あっという間だった。
美桜も仕方ないなと、残念そうに眉を寄せて「はぁ」、とため息。翔太もまたバイトという単語に思うところがあるものの、適切な言葉が見つからず嘆息する。
「しょうがない、あたしらだけで行こっか」
「おぅ」
◇
郡山モールはこの地域最大の複合商業施設ということもあって、翔太たち以外にも遊びに訪れた多くの制服姿があちこちに見受けられる。
やってくるなりドラッグストアに直行し、目的の品を購入し終えた美桜は、キョロキョロと興味を惹くものがないか周囲を見渡し、そしてはたと何かに気付いた様子で呟く。
「……これ、いつもと同じだ」
「何が?」
「いやほら、ただ普通に買い物して、冷やかしに行こうとしてるだけだなぁって」
「まったくもって、それ以外の何ものでもないんだが」
「せっかくこう、放課後デートの体になってるんだからさ、何かそれっぽいことしても罰は当たらないんじゃないかなぁって」
「じゃ、本屋でも行く? それかスポーツショップ……あ、シュークリーム食うか?」
「いいねぇ……って、それいつもと一緒!」
「確かに」
互いに腕を組み、むむむと唸り合う。
翔太は何かないかと周囲に視線を巡らせ、ある店を見つけ目を細める。そして目を細め、牽制とばかりに口をとがらせて言う。
「先に言っておくけど、あぁいう店には行かないからな」
「あぁうん、ランジェリーショップ。あたしもあそこはちょっと……」
「……ほぅ?」
ああいったいかにも男子が入りにくそうな店を見かけたなら美桜のこと、嬉々として飛び込んでいくと思いきや、意外な反応に目を丸くする。
その美桜はといえば、フッと何かを悟ったかのような表情を浮かべ、どこか遠くを見つめながら言う。
「こないだ初めて勝負下着なものを買ったって言ったでしょ? あぁいう店初めてでオロオロしてたら店員さんに捕まって、そりゃもうキラキラしたオーラに焼かれながら好みとか根掘り葉掘り聞かれた上に正確なサイズも測られ……ふふふ、ひたすらおススメされたものに頷く人形になってたよ……」
「そ、そうだったのか」
「あ、同じような理由で服屋も遠慮したいね。あれも店員さんに選んでもらうまで苦労したし、当分お腹いっぱい!」
その時のことを思い返し、うげぇとばかりに肩を落とし俯く美桜。
これまでオシャレに無頓着だった分、てんやわんやになってしまったのだろう。その姿を想像すれば思わず噴き出してしまうと、抗議とばかりに脇腹を小突かれる。
ふと、初めて美桜が変貌した格好で現れた時のことを思い返す。これほど可愛いらしくなるとは思いもよらなかった。
「でも店員さんってすごいんだな。あと美容師さんも」
「ほんと、それ! 初心者にはあまり優しくなかったけど! てわけで今度一緒に行くならえりちゃんとだね。その辺、詳しそうだしさ。店員さんより話しかけやすいし」
「……それがいいな」
「あ、もしかして今の間、あたしとえりちゃんがきゃっきゃうふふと下着を選んでるところ想像した?」
「いや逆に想像出来なくて愕然としてた」
「あはっ、あたしも!」
「おい!」
そして話は振り出しに戻る。
再びほかに何かないかとモール内を見渡してみるものの、どれもピンと来ない。どこへ行っても美桜だといつも通りなることしか想像できないのだ。それはそれで楽しいのだが、ちょっと違うだろうと苦笑する。
良くも悪くも、互いのことを知り過ぎているのだ。
だからもし、これが英梨花相手だったらと思い巡らす。
どんな本を読むのか、どんな小物に興味を惹かれるのか、それからどんな味が好みなのか――子供の頃と違って、見た目だけでなく嗜好も変わっていることだろう。きっと、どの店を訪れても新しい一面を知れるに違いない。
親交を深めるためにも今度一緒にどこかへ出かけようと考えていると、隣の美桜が「あ!」と声を上げパチンと手を叩く。そして翔太の手を引き、ある場所を指差した。
「あそこ行こう、あそこ!」