42.はい、あーん!
その日、昼休みになるや否や、美桜が意気揚々とした様子でやってきた。手には紙袋。それを掲げながらドヤ顔で言う。
「じゃじゃん! なんと今日はお弁当を作ってきました!」
「……おー」
気の抜けた返事と共に、おざなりにパチパチと拍手をする翔太。
サプライズを演出したいというのはわかる。しかし今朝台所で作っているところを見ているだけでなく、お弁当があるから購買や食堂にダッシュしないでねと釘を刺されているのだ。反応に困る、というのが正直なところ。
だがそんな翔太のリアクションがお気に召さないのか、美桜はぷくりと頬を膨らませ、拗ねたように言う。
「むぅ、ここはせっかくカワイイカノジョ? が、お弁当作ってきたんだから、感激のあまり抱きしめ、耳元で『朝はギリギリまで寝ていたのに、わざわざ俺のためにお弁当を作ってくれるとか、なんて幸せ者なんだ……』とか愛を囁くところでしょー」
「……いや、それして欲しいか?」
「ん~~~~、ごめん無理! やっぱなしで!」
そう言って美桜がにししと笑みを浮かべれば、翔太も苦笑と共に席を立つ。
周囲もそんないつもの仲睦まじいやり取りに、微笑ましい目を向けている。
「で、どこで食べる?」
「今日はいい天気だし、中庭かな」
「あいさー」
そして教室を出る前に、2人ともさも当然といった様子で英梨花の下へ。
「はい、これえりちゃんの分のお弁当ね」
「中庭でいいよな?」
「ん」
声を掛け、一緒に連れ立とうとしたところで、横から「待った!」の声を掛けられた。
「待ってまって、葛城ちゃん、今日はうちらと約束してんだよね!」
「そうそう、だから美桜っちたちはお二人でどうぞどうぞ!」
「ほら今、付き合い立ての一番楽しい時期だし!」
「……ぇ、……ぁ」
英梨花は美桜がよく話す友人たちにあっという間に脇を囲まれ、右往左往。強引に他で手招きしているグループへと連行されていかれれば、きゃあ! と黄色い声が上がる。
いくつもの質問を浴びせかけられてオロオロしている英梨花を見て、顔を見合わせ、苦笑いを零す翔太と美桜。ちゃっかりその輪へと混ざろうとする和真の姿も見えた。
「うーん、気を使われちゃったのかな?」
「英梨花と絡むネタにされたようにも見えるが」
「あは、そうかも!」
そんなことを話しながら、相変わらず盛況な中庭へ。
くるりと辺りを見回し、空いている適当なベンチに腰掛け蓋を開ければ、まずは鮮やかな黄色が眩しいとりたまごそぼろご飯が目に飛び込んでくる。それからアスパラのベーコン巻きに一口ハンバーグ、キノコのソテーに彩りとしてのブロッコリーとプチトマト。
一目で手が込んでいると分かり、美味しそうだ。元より美桜は料理を得意としていることを知っているが、それでも思わず「ほぉ」と感嘆の息を漏らす。
しかしそんな翔太とは裏腹に、翔太の弁当を見た美桜は「うげっ」、と乙女らしからぬ声を上げた。
「どうした?」
「いやぁ、渡すお弁当、しょーちゃんとえりちゃんで間違えたみたいでさ」
「え、そうなのか?」
美桜の弁当を見てみれば、翔太と同じもの。小首を傾げる。
「……しょーちゃんに渡そうとしてたのは、鶏そぼろでハートマーク作ってたからさ」
「それは……今頃英梨花のやつ、そのことで色々ツッコミ受けてるかも。あ、でも結果的にアピールになってよかったんじゃ?」
「あはっ、そうかも!」
皆に揉みくちゃにされてる英梨花の姿を想像し、顔を見合わせ笑い合う。
英梨花にとっても他の人と交流するいい機会になるだろうと思いつつ、いただきますと手を合わせ、お弁当に口をつける。
少し濃いめに味付けされたお弁当は冷めても美味しく、箸を動かす手が止まらない。
夢中になって食べていると、またしても隣の美桜から「あ!」と声が上がった。
「美桜?」
「……普通に食べちゃってたけどさ、アレ忘れてたよ、アレ」
「アレ?」
「ほら、これ! はい、あーん」
「――っ⁉」
そう言って美桜は自分の弁当からアスパラのベーコン巻きを掴み、こちらに向けてくる。
いきなりのことで頭が真っ白になる翔太。
少し遅れて羞恥が押し寄せ、頬が熱を帯びていくのを自覚する。
はい、あーん。
相手に手ずから食べさせる、今日びアニメやマンガの世界でもなかなかお目に掛かれないバカップルの行為。ふと昔読んだ作品で、雛にエサをやる親鳥の気分になるということを思い返す。
美桜はといえば瞳をキラキラと輝かせており、ここで退けば何か負けたような気がして、翔太はパクリと差し出されたものを呑み込む。当然、味なんてわからない。
「ね、おいしい?」
「……っ」
嬉々として感想を聞いてくる美桜への返事の代わりに、翔太は同じくアスパラのベーコン巻きをひょいっと摘まみ上げ、努めて甘い声を作りながら差し向ける。
「はい、あーん」
「っ⁉ え、えーと、しょーちゃん……?」
「はい、あーん」
「うぐっ……」
みるみる顔を茹でダコの様に真っ赤に染め上げ、後ずさる美桜。
逃さないとばかりにニコリと、少し意地の悪い笑みを浮かべて詰め寄る翔太。
睨み合うことしばし。やがて美桜は観念したのか、はむっと頬張る。
「うまいか?」
「……味わってるのは恥ずかしさとか背中のもぞもぞする感覚だよぅ」
「だろ?」
「うぅ、よくこんなこと、世間のカップルは平気でできるねぇ。あたし、しょーちゃん以外だとできる気がしないよぅ」
「っ! あー、それは、相手以外誰も見てないからじゃない? 俺たちはほら、見られることを前提にやってるから、どうしても他の人の目が気になってというか」
「んー、そうかも」
ふいにドキリとさせられることを言われ、少しばかり早口になっている自覚はあった。
以前と違ってすっかり可愛らしくなった美桜は、なんてことない風に弁当を再開している。きっと今までならそんな軽口じみたものに、心を掻き乱されることもなかっただろう。
まるで自分も他の男子と同じように、見た目が変わったからそうなのかと思うと、浅ましさから胸に苦いものが滲み、それらを残りの弁当と共に一気に呑み込んだ。