41.アリバイ作りの為にも一度はやっとかないとね!
その日の夜、風呂上がり。
翔太はまだ湿ったままの髪をフェイスタオルでガシガシと拭きながらリビングに顔を出し、台所で洗い物をしている美桜に声を掛ける。
「風呂、空いたぞー」
「あーい」
美桜も丁度区切りがついたのかキュッと蛇口を閉め、手を拭いたタオルと共にパタパタと洗面所へと駆けていく。
(……忙しない奴)
翔太は作り置きのお茶を冷蔵庫から取り出し喉を潤していると、美桜が向かった洗面所からパタパタと音が聞こえてくる。
「見てみて、しょーちゃん!」
「ぶふっ⁉ けほっ、けほけほ……っ、おま、何やってんだよ⁉」
思わず咽てしまう翔太。美桜はどうしたわけか、先ほどまで翔太が着ていた部屋着のTシャツを着ていた。
随分とぶかぶかで、一見ダボッとしたワンピースにも見える。しかし袖から覗く細い二の腕、裾から伸びる白い太ももがなんともアンバランス。体格差が目に見えてわかり、自分との違いに思わずドキリとしてしまう。
「何って、彼シャツ? いっやー、アリバイ作りの為にも一度はやっとかないとね!」
「あ、おいっ!」
美桜がくるりと身を翻せば、ふわりと裾が舞い、際どい部分が見えそうになる。翔太も思わず咎める声を上げ、視線を逸らす。
そしてふひひと笑う美桜が、しみじみと言う。
「ふむ、しかしこれはアレですね。我ながら隙があって自分にだけ見せてくれる感というか、中々にあざとい。だとしたら、ねぇしょーちゃん、こういうのどうかな?」
「っ⁉ ちょ、美桜っ!」
そう言って美桜は後ろで手を組み、上目遣いで顔を覗き込む。
狙ってやってる可愛らしい仕草だとわかっていても、ドキりと胸が跳ねる。
更には体格に合っていない襟口から、無防備にも双丘の膨らみがチラリと見えてしまえば、赤面して後ずさってしまう。
そのことに気付いているのかいないのか、翔太の反応に気をよくしたのか、美桜はにんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべてぐいぐいと迫ってくる。
オロオロしながらどうすべきか戸惑っていると、声が大きかったのだろう、何事かと思ってやってきた英梨花が冷ややかな声を浴びせかけた。
「何してるの?」
「っ!」
「あー……」
英梨花はイチャついていると言っても過言ではない翔太と美桜を見て、スッと目を細めて訊ねる。
「……それ、兄さんの趣味?」
「そうなの?」
「っ、違ぇ!」
自分からやりだしたくせに、しれっととぼけて翔太のせいにする美桜。声を荒げてツッコめば、てへっと舌先を見せて誤魔化し笑い。英梨花もはぁ、とため息を吐く。
すると美桜はまぁまぁと手招きするかのように手首を振りながら、宥めるように言う。
「ほら、今日ちょっと手を繋いで帰って思ったんだけど、四六時中恋人ムーブは無理かなーって。いつもと変わらない感じのままだとアレだしさ、ちゃんと付き合ってるぜ的な物的証拠を作っておこうと思いまして」
「はぁ、なるほど?」
そんなことを言いつつも、美桜の顔は何か悪戯を思い付いたそれである。昔から散々見てきたものだ。
「ってわけで写真撮らなきゃ! えりちゃん、はいこれ!」
「え?」
「どんなポーズがいいかなー?」
そう言って英梨花を引っ張り、ソファーの上で一体どこで覚えたのか煽情的なポーズを取り始める美桜。
唐突に始まる撮影会。英梨花は渡されたスマホで「……ゎ」「……ぁ」と照れた声を上げながらも、パシャパシャと撮っている。しかしなんだかんだ、2人ともノリノリだ。
翔太はこの隙に、これ以上巻き込まれてはたまらないと回れ右。
そして階段に足を掛けたところで、英梨花の素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「みーちゃん、穿いてないよ⁉」
「あ、さすがにパンツ穿いた方がいっすかね?」
「っ⁉」
翔太は慌てて駆け上り、自分の部屋へと逃げ込む。扉に背を預け、はぁ、と一息。
下からは英梨花らしからぬ怒号が聞こえてくる。
そりゃそうだろう、と思う。
自分のシャツを着るのはまだいい。
だが下着もなしにだとは、一体何を考えているのやら。
「……何も考えてないんだろうなぁ」
翔太はそう独り言ち、くつくつと肩を揺らす。
どうせ美桜のことだ。この偽装カップルごっこを全力で楽しんでいるのだろう。
困ったやつ、だなんて思っていると、いつしか静かになっていた。
英梨花に風呂場にでも押し込められたのだろうか? ふぅ、と息を吐く。
さて、漫画なりゲーム、動画で時間を潰そうと机の上に置いていたスマホを手に取ったところで、コンコンと控えめにノックされた。
「英梨花?」
「…………ん」
声を掛けると、少しの間を置いて、遠慮がちな返事が聞こえてくるのみ。それも、学校での時と同じような、控えめで何か躊躇っているかのような。どうしたのだろうか?
翔太は疑問に思いつつ扉を開け、そして目を大きく見開いた。
「……え?」
「……どう、かな?」
どうしたわけか、英梨花は翔太の制服のカッターシャツを着ていた。
女子の中でも背が高めの英梨花は、美桜と違ってそこまでブカブカというわけでなく、少し大きめといったところ。それでも袖からやっと出るくらいの指先で、もじもじと両手で裾を下にひっぱり恥じらいながら、足の付け根を隠す。
どうして? 一体何が? 思考がぐるぐる空回りつつも、英梨花から目が離せない。
その様子は可愛らしくも艶めかしく、返事の代わりにゴクリと大きく喉を鳴らす。
すると英梨花は満足そうに、ふにゃりと頬を緩めた。
「何、で……」
「兄さん、みーちゃんのこと熱心にみてたし、こういうの好きかなって」
「いやそれは……」
「じゃあ嫌い?」
「……」
卑怯な質問だと思った。年頃の男子なら、大なり小なりこんな際どい恰好、反応してしまうだろう。
翔太がごくりと喉を鳴らすと、その胸の内を見透かしたかのように、英梨花が笑う。
「兄さん、大きいね。ぶかぶかだよ」
「そ、そうか?」
「ん……それに兄さんの匂いがする」
「き、今日一日着てたからな、そんないいもんじゃないだろ」
「ふふ、でもこれ兄さんに包まれてるみたい」
「っ!」
英梨花は両袖を顔に持ってきて、大きく深呼吸。頬を染めながらそんなことを囁かれれば、胸がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられてしまう。
呆けたように見つめることしばし。こちらの視線に気付いた英梨花は、一瞬の躊躇いの後、頬を染めながら耳元に口を寄せる。
「さて、私は穿いてるのかいないのか、どっちでしょう?」
「っ、え、英梨花⁉」
「知りたい?」
「いや、そういう問題じゃないだろっ! そういうのは、えっとほら、その――」
「兄さんはどっちの方が好み?」
「――ッ⁉」
その言葉で頭の中が真っ白になってしまった。
ごくりと喉を鳴らし、ついマジマジと英梨花を見てしまう。
そんな翔太の不躾な視線を受けた英梨花は、涼し気な表情からどんどん羞恥に頬を赤く染めていく。
「ブーッ、ここで時間切れっ!」
「あ、おい……っ」
そう言って英梨花はくるりと身を翻し、自分の部屋へと戻っていく。
「……なんだよ、もぅ」
後に取り残された翔太は、少しばかり恨めしい声色で呟いた。
もう一つの連載作である、「転校先の清楚可憐な美少女が、昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だった件」、アニメ化企画進行中です
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