37.あたしのカレシになってよ
英梨花の懸念は、運悪く的中してしまった。
あの日の告白を切っ掛けにして、美桜を取り巻く環境はまたしても一変してしまう。
皆の前であんなことをがあったせいでハードルが下がったのか、はたまた自分ならいけると思ったのか、それとも他の誰かに取られたくないという心理が働いたのか、もしくはただの記念かゲーム感覚なのか、とにかく美桜はよく告白されるようになった。ここのところ連日、よく呼び出されているのを見ている。
それだけでなく、先週末も遊び誘われウキウキで外出したかと思えば、へとへとになった顔で「そういうつもりじゃなかったのに……」と言っていたのも記憶に新しい。
学校での美桜は、気が付けば姿を消していることが多くなった。
今日も昼休みになるや否や、いつの間にか居なくなっている。翔太は胸の中のモヤりとしたものを吐き出すようにため息を吐くと、くいっと袖を引かれたことに気付く。
「兄さん?」
「っ、あぁ、お昼か。英梨花は……」
「ん」
翔太が訊ねると、英梨花は今朝登校途中のコンビニで買ったサンドイッチを掲げる。
「なら俺は購買へひとっ走りしてくるか。中庭で待っててくれ」
英梨花はコクりと素直にうなずく。
翔太は財布を掴み、さていいものが残っていればと思いながら駆け出す。
購買部は相変わらずの激戦区だった。
スタートダッシュに遅れ一番人気のカツサンドは逃したものの、コロッケパンとやきそばパンを無事入手。戦果は上々。
(そういや美桜、結局まだ一度もカツサンドにありつけてないって言ってたっけ……)
ふとそのことを思い返す。しかし、現状だと買いに走るにも難しいだろう。
中庭には樹木や花壇が植わっており、自販機もある。いくつかのベンチや段差に腰掛け、多くの人が思い思いに過ごしている。昼休みの人気スポットだ。
そんな盛況な中でも、英梨花を見つけるのは簡単だった。
あの華やかで特徴的な赤い長い髪はよく目立つ。
そしてそれは、彼女の髪と同じ色合いの翔太も同じなのだろう。
こちらに気付いた英梨花はベンチから立ち上がり、とてとてと近寄ってくる。
そのまま座って待っていればいいのにと頬を緩ませるも、どうも様子がおかしい。やけに落ち着きなく、翔太の袖を引く。
「兄さん、こっち」
「英梨花?」
「みーちゃん、見かけてっ」
「っ、美桜がどうかしたのか?」
「わかんない、けど……っ」
英梨花の言葉は相変わらず少なく、要領を得ない。しかし美緒に何か感じ入るものがあったようだ。
ゾクリと背筋に冷たいものが流れるのを感じる。
それは英梨花も同じの様で、駆け足に近い早足で手を引かれていく。
「っ!」「っ⁉」
校舎の裏手に差し掛かった頃、ちょうど数人の女子グループが角から現れた。
彼女たちのうち何人かは頬に手を当て涙目。他の人が心配そうに声を掛けている。
何か穏やかじゃないことがあったのかと、顔を見合わす翔太と英梨花。
彼女たちのことを気に掛けつつも、遠巻きにやり過ごし、その奥へ。
果たしてそこには力なく佇む美桜の背中があった。
美桜はこちらの足音に気付くなり、試合もかくやという殺気にも似た空気を放つ。驚いた英梨花はビクリと震え、翔太の背に隠れる。
「……なんだ、しょーちゃんとえりちゃんか」
「みー、ちゃん……」
「美桜、それどうしたんだ……?」
「あ、これ? あー……その、さっきちょっとね」
美桜の左頬は平手打ちをされたのか赤くなっていた。
痛々しそうに目を細める英梨花。翔太も眉を寄せる。
二人の視線を受けた美桜は、曖昧な笑みを浮かべることしばし。
やがて観念したかのように「はぁ」と、大きなため息を吐き、事情を話す。
「なんかね、『私のカレシ取らないで!』、とか言われてさー」
「…………はぁ?」
「ほら、よくあたしの周りに寄ってくる人の中にいたらしくてさ。知るかってーの。で、どんだけ説明しても信じてくれないし。そのうち『男に媚びすぎ』『高校デビューで調子に乗って』という罵詈雑言からの、『私のたっくんを返せ!』からの平手打ち!」
「で、しっかりお返ししてあげたと」
「あはは、まぁそんなとこ。てか、たっくんって誰だよぅ」
そこで言われるがままにされるでなく、きっちり反撃するところが美桜らしい。
どうやら呼び出されるのは男子だけではないようだった。
モテることの弊害というべきだろうか? しかし徒党を組んでこういうことをしてくるのが現れるというのは、さすがに度が過ぎているだろう。
美桜に、この長い付き合いの幼馴染に、何とかしてやりたいという気持ちはある。
しかし何をしていいか、全く思い浮かばなくて。
せめてとばかりに、翔太は重くなりそうな空気を払拭すべく、努めて明るい声で茶化す様に言う。
「モテる、ってのも大変だな」
「あたし、そんなつもり全然ないんだけどね。言っても聞かない人にはお手上げだよ」
そういって美桜は勘弁してとばかりに両手を軽く上げ、そこではたと何か名案とばかりに気付いたのか、その手をパンッと叩く。
「あ、そうだ! しょーちゃんがあたしのカレシになってよ」
「は?」「っ⁉」