36.……兄さんの意地悪
その日、家に帰ってからの美桜はどこか上の空だった。
あんな公開告白なんてされたら、動揺してしまうのも仕方がないだろう。しかもアレは知る限り、美桜にとっての初めての告白だ。翔太だって動揺している自覚がある。
夕食は美桜曰く自称手抜きカレーだった。そこは長年染み付いた習慣のおかげでいつも通りおいしかったものの、ボーッとして鍋を焦がしてしまったらしい。
こんな時、何か気の利いた言葉を掛けられればいいのだが、こういった手合いは翔太も不慣れなので、なんて言っていいのかわからない。また、美桜自身もあまり話をする気分じゃないのか、食べ終えたら早々に自分の部屋に戻ってしまっている。
手をこまねく翔太は、同じような経験がありそうな英梨花を自室に招き、訊ねてみた。
「うーん、私が初めて告白されたのは放課後の教室、相手はカースト上位にいかにもな俺様系の人だったなぁ。いかにもイケてる自分に根暗女子が断るはずがないって根拠のない自身が透けて見えててさ、『ゴメン、無理』って断ったら唖然としてたのを覚えてるよ。で、次の日は『あのブス、別に好きじゃないし、真に受けてさ』なーんて言ってて。ホント、最悪だったよ」
英梨花の口ぶりから、当時のことがありありと想像出来た。そしてその時のことを思い出したのか、英梨花はうへぇと嫌な顔をしてため息を吐く。そして翔太の肩にコテンと頭を乗せ、ぐりぐりと押し付けてくる。
最近この妹の家での甘えっぷりとお喋り具合は、未だ慣れず苦笑を零す。
「そっか、告白されるってのも大変なんだな」
「なんていうか下心? そういうの向けられるとわかるんだよねー。みーちゃんその辺、鈍感そう」
「そりゃ先月まで、こんなことになるだなんて全然予想もしてなかったし」
「ま、北村くんは逆恨みするような人じゃないと思うけど。けど、うーん……これから大変なことになるかも」
「大変なことって?」
「ほら、今まで牽制したり探り合ってたところに、抜け駆けってわけじゃないけれど行動に移した人がでたわけでしょ? これからは我先にってなってくるんじゃないかなぁ」
「そうかな?」
いまいち、美桜がそんな風になる姿が想像出来ず、眉を寄せる。
「最初っからそういう話が起こりそうなところと距離を置くのが一番だね」
「なるほど、英梨花は敢えてボッチになってると」
「……兄さんの意地悪」
「ははっ」
翔太の揶揄いにむくれる英梨花。
その膨らんだ頬を突きながら、何も起こらなければいいけれどと願うのだった。