35.ご、ごめんなさいっ!
チャイムが鳴るや否や、大きな声と共に購買へと駆け出そうとした美桜の手を掴む者がいた。
北村と呼ばれた男子は、やけに端正なその顔をくしゃりと歪ませて胡乱気な瞳を向けてくれば、さしもの美桜もたじろいでしまうというもの。あまり愉快とは言い難い空気を醸し出されていれば、なおさら。
必然、皆の注目を集めることになる。
北村はスラリと背が高く、身体も引き締まり短く刈り込まれた髪の爽やかな印象の男子生徒だ。ちょくちょく女子生徒の間で噂にされているのも知っている。生真面目な性格で、あまりはしゃぐタイプではない。ある意味、美桜とは正反対だろう。当然、美桜とはあまり絡んでいなかった。否、美桜が絡んでも微妙な反応をしていたのを覚えている。
英梨花は苦言を呈されるのかと思い、頬を引き攣らす。
北村はといえば、やけに真剣味を帯びた顔をしていた。周囲の空気も彼に引き摺られる形でひりついていく。
そんな一触即発の空気を、固唾を呑んで見守られる中、北村は口を開いた。
「五條さん、ああいうことは控えた方がいいと思う」
「で、デスヨネー」
「たまにその、かなり際どい感じになってることもあって、風紀的にもよくないし」
「あ、あはは……気を付けているんだけど身に染みちゃってるのか中々。こう、お目汚しをしちゃってゴメンナサイ」
「お目汚しとかじゃないんだ。その……なんていうか耐えられなくて……」
「う゛っ、重ね重ね変なものを見せちゃって……」
「っ! そ、そうじゃないっ!」
「へ?」
「あー、その、えっと……」
最初の叱責をするかのような鋭く重い物言いだった北村だが、どうしたわけかどんどん言い辛そうに口籠っていく。
その変化に周囲も戸惑いの空気に塗り替えられ、翔太と英梨花も首を捻る。
当惑した美桜もどうしたのと小首を傾げながら顔を覗き込めば、北村はバネで弾かれたかのように仰け反り、またもこの場の空気を変革させる爆弾を落とした。
「す、好きなんだ! 五條さんのことがっ!」
「…………ぇ?」
「好きだから、その、他の奴にそういう姿を見られてるかと思うと、耐えられなくて……だから、えっと、よかったら僕と付き合ってくださいっ!」
そう告げられた美桜、翔太に英梨花、周囲の皆も、唖然として口を開けることしばし。
何が起きたのか理解が及ぶと共に、「「「「えええぇえぇぇ~っ⁉」」」」という、窓が震えるくらいの大歓声が上がった。
「え、これドッキリとかでなく⁉」「北村くん、そんな素振りとか全然なかったよね⁉」「五條さんどうするの⁉」「わ、マジかよ、北村」「くそっ、オレも五條狙ってたのに!」「どうして五條さんに⁉」「北村くん、人気あるのに!」「まぁ確かに五條顔はいいけど」「やっぱ顔かぁ」「北村って確かバスケ部入ってすぐレギュラーだったよな」「中学時代、有名な選手だったとか」「くっ、北村なら仕方ないか」
「え、あ、いやその、えっと……」
突然の告白に大いに盛り上がり、好き勝手に騒めき合うクラスメイトたち。
北村は冗談でもこういうことを言う人柄ではない。現に今も返事を待つ姿は、思わず勢いで言ってしまったとはいえ、本気そのもの。それが分からない人はいない。周囲の空気が、美桜がどう反応するのかという期待へと変わっていく。
「ご、ごめんなさいっ!」
美桜は大声で拒絶の声を叫ぶと、驚く彼らを置き去りに第一被服室を飛び出す。
翔太はただ、目の前で起こったことが信じられないとその場に立ち尽くすのだった。