34.……何か、胸騒ぎ
本日家庭科の裁縫実習の内容は、エコバッグ作りだった。
ミシンを使わず手縫いなのは、基礎的な縫製技術を改めて学ぶため、らしい。
なるほど、確かに作り自体はシンプルだ。だがしつけ、本返し、半返し、祭り縫いにボタン付けなどなど、どういう縫い方が各所で最適かを確認するには打ってつけだろう。
小さい頃から母と二人暮らしだった翔太は、調理こそ不得意なものの身の回りのことは大抵自分でやってきた。こうしたことは得意と言い切れるわけじゃないが、慣れもあってそれなりにそつなくこなす。
「よし、っと」
多くのクラスメイトたちが慣れない作業で苦戦している中、翔太はかなり早い時間で完成させた。出来は、まぁ特筆すべきところもなく、可もなく不可もなくといった無難なところだろう。
一方隣の英梨花はお世辞にも上手いとは言えなかった。針を扱いなれていないのは一目瞭然。ちくちく指先を刺すだけでなく、糸通し器の金具が外れたり、縫っている最中に糸が絡まり布地に引っかけてしまったり、縫い終わり玉止めを遠くに作ってしまい用をなさなくなってしまったり。
翔太が「ゲームのコントローラー捌きは器用なのにな」と茶々を入れれば、「むぅ」と唇を尖らせジト目を向けられる。
そんなやりとりをしつつ、翔太の手伝いもあり、英梨花は自分のエコバッグを完成させた。なんだかんだと縫い目も一定間隔できれいに仕上がっており、ちょこんとつけられた赤茶トラの猫のワッペンが生地の色とも相まって、可愛らしいアクセントになっている。
翔太も思わず「ほぅ」と感嘆の声を漏らすほどよくできていた。英梨花自身も心なしか誇らしげにその薄い胸を張っている。
「いい出来だな。猫、好きなのか?」
「……この猫、兄さんにもらったキーホルダーに似てたから」
「っ、そ、そうか」
英梨花から気恥ずかしそうにそんなことを不意打で言われれば、照れてしまう。
互いにチラチラと視線を交わし合い、少しばかりむず痒い空気が流れる中、周囲を見渡してみた。こうした実技は翔太と英梨花の様に、普段から扱い慣れているかどうか、手先が器用かどうか作業の進捗に露骨に差が出るというもの。第一被服室のあちらこちらでは互いに教えあっていたりと、和気藹々とした空気が展開されている。
その中でも、人一倍ちょこまかと各所を飛び回る女子が1人。言うまでもなく美桜だ。
そこかしこから「五條さん、ここどうするの?」「美桜っちヘルプ~」「五條、なんか上手くいかないんだけど……」という声がひっきりなしに上がる。美桜自身も頼られるのは満更ではなく、水を得た魚状態。
「……みーちゃん、すごい」
「美桜のやつお節介なところあるからな。中学の時とか、オカンとか言われてたよ」
「ふふっ、そうかも」
翔太がおどけたように言えば、英梨花もくすりと相好を崩す。
だが翔太の顔は穏やかなものではない。明らかに下心から美桜を呼ぶ男子たちもおり、眉を顰める。しかし美桜は嬉々として皆に説明を続けている。
「閂止めは端っこの方とか、負荷がかかって壊れやすいところでやるの。まつり縫いはね糸が目立たないのが特徴的でね、スカートの裾上げとかにもつかえるんだから。ほら、あたしも自分でやったし!」
そう言って美桜はあっけらかんとした様子でスカートをちらりと捲って、該当箇所を見せる。周囲もにわかに騒めく。
本人にその気はないとしても、元から短い丈ということもあって際どいところまで見えてしまい、翔太も思わず「あのバカ」と独り言つ。英梨花もわずかにしかめっ面。
教えてもらっていた女子生徒も「ちょっと美桜ってば!」と驚き、すかさずスカートの裾を降ろさせ注意する。
家庭科教師も頭を抱えコホンと咳払いをすれば、さすがの美桜も今のはヤバいと察したのか、「う、すいません……」と言って席に戻って背を縮こます。
すると周囲から、くすくすと笑い声が上がった。
その際に目が合えば、てへっと舌先を見せてくる。翔太が調子のいい奴、と痛むこめかみに手を当てていると、隣から「……ぁ」という声が漏れた。
「英梨花?」
どうしたことかと英梨花へ顔を向ければ、しばらく何か思案顔をした後、「……ん」と言って頭を振るのみ。
ここまであからさまに何かあるという態度を取られれば気になるというもの。
しかし、どう聞いていいかもわからない。「むぅ」、と唸り声を上げ見つめていると、やがて英梨花も観念したのか、目を逸らし美桜の周囲を眺めつつ、ポツリと呟く。
「……何か、胸騒ぎ」
「……うーん?」
翔太も釣られて視線を走らせるも、いつも通りに見えよくわからない。
どういうことだと再度英梨花に目を向けるも、眉を寄せ曖昧な笑みを浮かべ、「多分、気のせい」と言葉を零すのみ。
結局よくわからないが、英梨花的に美桜の周囲に何か思うことがあったのだろう。
確かに、何か起こってもおかしくない空気を感じるのも確か。英梨花が葛城家にやってきた初日、郡山モールでナンパされていた時のことを思い返す。あんなことはクラス内で早々無いとは思うものの、何が起こるかはわからない。こちらの方でも気を配っておいた方がいいだろう。
しかしそう思った矢先の授業終了後、事件が起こってしまった。
「五條さんっ、ちょっといいかな……?」
「っ、北村くん?」