18.まぁ、付き合い長いからな
洗濯物を取り込み終えるのと、雨が降り出すのはほぼ同時だった。幸いにしてシーツは乾いており、部屋に戻った翔太は布団に敷き直し、ごろりとベッドの上に寝転ぶ。
屋根を叩く雨音を聞きながら考えるのは、やはり英梨花について。
「……甘えてはいるんだよな」
これまでのことを思い返し、感じたことを言葉にしてみた。
英梨花も昔のことを引き合いに出しているように、外れではないだろう。
だけど、それが正解というには何かが違う気がして。
ふとドア越しに英梨花の部屋の方を見てみる。
微かに気配を感じるものの、特に何かをしているわけではなさそうだ。
先ほどまで見ていた漫画雑誌を手にしてみるものの、またも内容は入ってこない。
ふぅ、と色んな思いが籠ったため息を1つ。スマホを手繰り寄せ、適当におススメ動画を流しながら、またもぐるぐると英梨花のことを考える。
するとやがてリビングの方から「できたよー!」という美桜の言葉が聞こえてきた。気付いていなかったが、外はとっくに暗くなっており、結構な時間が経っていたようだ。
「ぁ」
「ん」
部屋を出たところで丁度英梨花と出くわした。
ずっと英梨花のことを考えていたにもかかわらず、咄嗟に言葉が出てこない。
代わりに階段先にどうぞと促し、後を着いて行く。
頭の中は依然としてぐちゃぐちゃだったが、ダイニングテーブルの上に広がる大皿を見て、それらは一気に吹き飛んだ。
「お、から揚げ!」
「安かったからねー」
好きな料理は数あれど、美桜のから揚げはその中でも格別だ。お好きにいくらでもどうぞとばかりに中央で大皿に盛られていれば、嫌が応にもテンションが上がる。
そわそわしながら席に着き、美桜によそってもらったご飯を受け取ったところで、英梨花が立ち尽くしていることに気付く。
「英梨花?」
「……っ、作り過ぎ?」
英梨花がそんな驚きの声を漏らせば、美桜は「あはは」と笑いながら小さく片手を振る。
「いやいや、これでも足りないくらいだよ。しょーちゃんと兄貴がセットになれば、この3倍は食べることあるし!」
「さすがにそれは試合後じゃないと無理だわ。それに美桜も結構食べるし」
「てへぺろ。ま、とにかくえりちゃんも席に着いて食べよ?」
「……ん」
そしていただきますの声を重ね、早速から揚げを小皿にとりわけ一口。
たちまちじゅわっと溢れる肉汁が幸福に口の中を満たし、そこへすかさず白米を掻き込み受け止めさせる。白米とから揚げが出会うことにより渾然一体となって、また別の美味しさへと昇華していく。から揚げがなくなりそうになればすかさず大皿から補充し、白米がなくなりそうになればお茶碗から援軍を呼び寄せる。
箸を動かす手は止まらない。
これだけでも十分に美味しいのだが、味の変化も欲しくなるというもの。
「美桜、アレは?」
「アレ?」
「あー、アレね、はいはい!」
アレ、という言葉に首を傾げる英梨花。美桜はといえば、慣れた様子で冷蔵庫からマヨネーズを取りだし渡してくれる。
翔太にとって、美桜のから揚げにマヨネーズは欠かせない。味のアクセントになるだけでなく、ごはんとの相性もばつぐんだ。ますます箸を動かす手が早くなろうというもの。
そんな翔太を見て、美桜が呆れたように一言。
「揚げ物にマヨとか、絶対太るよね」
「太るのが怖くてから揚げなんか食えるか! 美味しさの前にはどうでもいいし、それに美桜だってポン酢掛けてるだろ?」
「ポン酢はほら、脂っこさを中和してくれるし、実質低カロリーになるというか?」
「結局、ポン酢の分のカロリー増えてるんじゃ?」
「う゛っ」
そんな風に、端から見れば和気藹々と軽口を叩き合う翔太と美桜。
「まぁレモン掛けるのも結構好きだけどな」
「ポン酢に通じるとこあるよね。わざわざレモン買って切って掛けるのは手間だけど!」
「そういや英梨花はから揚げに何かかけたりしないのか?」
「別に。十分下味ついてる」
「あ、わかってくれる⁉ でもそれはそれとして、味変すると楽しみが増えるよ。試しにポン酢なんかどう?」
「マヨネーズいいぞ! このこってり感は大正義!」
「乙女の大敵カロリーさん!」
「そんなの気にして食えるか!」
「油断するとすぐ増えるんだよ!」
翔太と美桜は英梨花へと話の水を向けるも、それぞれ好みのことでじゃれ合いだす。
その様子をしばらく見ていた英梨花は目を細め、口を開く。
「みーちゃんと兄さんは――」
そこで言葉を区切り、しばし続くセリフを探して俯く。
そして数拍の後顔を見上げ、努めて明るい声を作って言った。
「似た者同士」
「だってさ、しょーちゃん」
「あー、まぁ、付き合い長いからな」
「にひひ」
英梨花から意外な評価が飛んでくるも、そう言われるのは悪い気はしなかった。
これにて3章おしまいです!
続き早く! もっと読みたい! そんな応援の気持ちを★★★★★とかで表してくれてもええんやで?