16.こいつは俺のだぜアピール?
お昼ごはんは美桜曰く、冷蔵庫整理を兼ねた具沢山チャーハンだった。
「ごちそうさま」
「おいしかった」
「おそまつさま」
美桜は食後のお茶を淹れながら、ふと思い出したかのように言う。
「そうそう、お米がもう無いんだよね。お醤油とみりんも、もうすぐ切れそう」
「はいはい、荷物持ちな」
「話が早くていいね。他にもついでに何か買いたいものある? えりちゃんとかこっち来たばかりだし、色々足りないものあるんじゃない?」
話の水を向けられた英梨花は、しばし俯き「んー」と唸り、ややあって口を開く。
「コットン」
「こっとん? ゆるキャラかなにか?」
「……コスメの」
「こすめ? あ、綿! ……綿?」
聞き慣れない単語に反応する美桜を見て、目を丸くしてぱちくりさせる英梨花。
綿、のところで思わず吹き出してしまった翔太に、美桜はぷくりと頬を膨らませる。
「しょ、しょうがないでしょ、そっち方面はまだからっきしなんだから」
「みーちゃん、もしかしてスキンケア……」
「あ、あはは……えっと、スーパーの帰りに薬局寄ろっか」
なおも追及されそうになった美桜は、強引に話を打ち切って席を立つ。
翔太も苦笑しつつそれに倣い、そのまま財布を引っ掴んで一緒に玄関に向かう。
すると美桜を、正確にはひっつめ髪でジャージ姿のままの美桜を見た英梨花は、英梨花にしては大きな声を上げた。
「み、みーちゃん?」
「ど、どうしたのえりちゃん?」
「その格好で、外へ……?」
「へ? 何かおかし――」
「っ!」
「――え、えりちゃん⁉」
信じられないものを見たとばかりに瞠目した英梨花は、咄嗟に美桜の手を掴み彼女の部屋へと連行する。唖然と見送る翔太。
部屋からはどたばたがっしゃん、何かをひっくり返す音と共に、「い、いやちょっと近所に行くだけだし!」「これちょっと短すぎない⁉」「え、髪まで⁉」といった抵抗を試みる美桜の声も聞こえてくる。
翔太は半ばご愁傷様と、連れていかれた部屋を半眼で見守ることしばし。
ややあって満足そうな表情の英梨花に手を引かれ、恥ずかしそうにもじもじと猫背になって出てきた美桜に、思わず息を呑む。
「これ、は……」
「ん、これで完璧」
「うぅ……」
スッキリとしたデザインのカットソーに花をあしらったふわふわひらりとした短い丈のスカートを合わせた姿は、まさに今時の可愛らしい女の子。髪までしっかりセットされており、美桜だと分かっていても「ほぅ」と息を吐き、目を奪われてしまう。
昨日出会った時もそうだったが、この見慣れたハズの幼馴染の変身した姿は、やけに胸をざわつかせる。
案外やるじゃないかという感心半分、残りはどこか遠い所へ行ってしまうかのような焦燥に似た複雑な感情で眺めていると、ふいに英梨花から声を掛けられた。
「兄さん、みーちゃんどう?」
「あぁ、可愛いな」
「しょーちゃん⁉」
意識の外から投げかけられた英梨花の言葉に、ただただ胸の内の、普段は言わないような言葉を口にしてしまう。
しまった、と思った時には遅かった。
慌てて何か言い直す言葉を探すよりも早く、揶揄われたと思ったのか顔をどこまでも真っ赤にした美桜が、ズカズカと目の前にやってきてはゲシッと脛を思いっきり蹴飛ばす。
「ぁ痛っ⁉」
「もぉっ、さっさと買いに行くからね!」
そして可愛らしい恰好とは裏腹に、不機嫌さから肩をいからせ玄関を出ていく幼馴染の背中を見て、目が合った英梨花とくすりと苦笑を交わし追いかけた。
なんだかんだ玄関先で腰に手を当てて待っていた美桜と共に、スーパーへと向かう。
「そういや夕飯に食べたいものある?」
「別になんでも」
「それが一番困る」
「そうはいっても、美桜の作るモノに外れないしなぁ」
「お、嬉しいこと言うねぇ。じゃ、売り場で特売とか値下げシール見て決めますか」
そんな華やかで可愛らしい見た目で話す生活力溢れる主婦じみた言動が、やけにちぐはぐだ。まだまだこの幼馴染の姿には慣れそうにないなと眉を寄せていると、ふいに左手がひんやりとしたものに包まれた。
「っ⁉」
「ん」
振り返れば何食わぬ顔で手を繋ぐ英梨花。
こうするのが当たり前なのに、なぜ驚いているのと言いたげな瞳を向けてくる。
別に嫌だというわけじゃない。昨日だって繋いでいた。
だけど今日はすぐ傍に美桜がいるのだ。
幼い頃ならいざ知らず、今はもう女の子と手を繋いで歩くということは、やはり特別な感じがして。
記憶を攫っても美桜と繋いだ覚えもない。
そもそもこの年頃の兄妹は手を繋ぐものなのだろうか?
でも英梨花は繋ぎたくて手を取ったんだよな?
そんなことをぐるぐると考えていると、美桜の「ふぅぅぅぅぅ」というこれ見よがしな大きなため息が聞こえてきた。
「しょーちゃんそれ、こいつは俺のだぜアピール? まぁえりちゃん可愛いもんね、気持ちはわからなくはないけど」
「や、ちが、これはだな、その……っ」
「ん、仲良しアピール」
やれやれとばかりに両手と共に肩を竦めて頭を振る美桜。
翔太は勘違いを正すべく思案を巡らせるも、英梨花は繋いだ手を見せつけるかのように掲げ、得意げに言う。
そんな風に言われれば、美桜も毒気を抜かれたのかフッと笑って相好を崩し、くるりと回り込んで英梨花の空いてるもう片方の手を取った。
「んじゃ、あたしはこっち。これであたしも仲良し!」
「んっ」
そして昔のように、一緒になって手を繋いで買い物へと向かった。