15.……何イチャついてんの?
翔太はスーパーがある駅前でなく、わざわざ郡山モールまで自転車を走らせた。先ほどのほとぼりを冷ますためだ。
百均の普段は縁のない洗濯コーナーに足を踏み入れれば、はたしてそこに目当ての洗濯ネットがあった。それはもう、たくさんあった。
色違いだけでなくキャラクターをモチーフにしたものまでさまざまな種類があり、どれを買えばいいのか戸惑ってしまうのも無理はないだろう。
顎に手を当て考えることしばし。使用用途を考えて一瞬頬に熱がぶり返したものの、使えればなんでもいいや思い直し、適当な大きさの無地のモノを選んで購入。せっかく郡山モールに来たついでとばかりに本屋に寄り、いつも読んでいる漫画雑誌も買って後にする。
翔太が帰宅すると、ちょうど美桜が庭で先ほど洗濯機に放り込んだシーツを干しているところだった。こちらに気付いた美桜は、「おーい」と言いながら手を振った。
「おかえりしょーちゃん。あった?」
「ほらよ」
「お、あんがと」
すっかり主婦な様子の幼馴染に苦笑しつつ、玄関から買ってきた洗濯ネットを投げれば、見事にキャッチ。美桜はそのままリビングの掃き出し窓から家の中へと入り、洗面所へと向かう。
翔太は先ほどの間違いは繰り返すまいと、玄関を潜るとそのまま自分の部屋へと足を向けた。
「……ぁ」
「英梨花……?」
そして何の気なしにドアを開けると、どうしたわけか英梨花が居た。
本棚の前でぺったん女の子座り、手には漫画を持っており、その隣には漫画の山。
思わず自分の部屋だよなと確認のため見渡し、ポカンとした様子で眺めていると、英梨花は悪戯が見つかったとばかりにほんのりと頬を染め、漫画で口元を隠しながら言い訳を紡ぐ。
「みーちゃん、これ面白いって」
「あぁ、それは」
昨日美桜が勝手に翔太の部屋から持ち出したシリーズだった。どうやら英梨花に布教したらしい。
「初めの方とか気になって……」
「はは、それ面白いよな。勝手に読んでくれよ」
「んっ」
そう言って英梨花はこくりと嬉しそうに頷き、漫画へと視線を戻す。どうやらこのままここで漫画を読むつもりらしい。
漫画に夢中になる英梨花の姿は微笑ましく、自分の好きな作品を気に入ってくれたことに喜ばしい気持ちが湧く。
しかしその一方で英梨花が、書類上は妹とはいえ綺麗な女の子が部屋にいるというこの状況が、少々こそばゆくも落ち着かない。
かといって自分の部屋なのに回れ右するのは、変に意識し過ぎている気がして。
それに今頃洗濯しているモノを考えると、リビングに戻るのも憚られる。
翔太はなるべく普段を装いベッド腰掛け、買ってきた漫画雑誌を読むことにした。
最初は少しばかり緊張していたものの、いざ読み始めるとぐいぐいと漫画の世界に引き込まれ気にならなくなっていく。それは英梨花も同じのようで、読むことに集中し、部屋にはただパラパラと紙を捲る音だけが響く。
しかしそれでもピタリと肩に柔らかいものが触れれば、何事かと思って顔を上げて見てしまう。
「っ⁉」
そして間近で互いの吐息が聞こえるくらいの距離に、血の繋がりが希薄な妹の綺麗な顔があれば、驚き肩を跳ねさせてしまおうというもの。その距離はとても近い。
「……兄さん?」
「え、いやその、いつからここに?」
「結構前から?」
「さ、さっきまで読んでたのは?」
「読み終えた。続きどこって聞いても、兄さんだんまり」
そう言って少し拗ねたように言われれば、罪悪感から眉を寄せる。
どうやら言葉が聞こえなくなるほど、読みふけっていたらしい。
しかし、それはそれ。
「あー……あれはそこにあるので全部だ」
「残念」
「それでですね、英梨花さん? 近くないですかね?」
「ん、見にくい?」
「べ、別にそうじゃないけど」
「昔、こういう風に一緒に見た」
「……あぁ」
英梨花が珍しくふにゃりと微笑めば、翔太は何も言えなくなってしまう。その顔がかつてのものと重なれば、なおさら。
「懐かしい」
「そう、だな」
あまりに無邪気を感じさせる笑みだったから、変に意識している自分の方が不純だと思ってしまう。
互いに顔を見合わせはにかみ合い、仲良く読書を再開する。
肩と肩をくっつけ、息がかかるような距離でただただ漫画を読む。
邪念、雑念もなく、ただただ漫画の世界にとっぷりと浸る――というわけにはやはりいかなかった。
(近っ、やわらか、匂いが……っ)
その華奢だがしかしやわらかな肢体を密着させられ、こてんと肩に乗せられた頭からはくらくらくする本能へと訴えかける甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。膝の上にちょこんと添えられた手の部分から全身が熱くさせられ、冷静であれという方が難しい。
余計なことを考えまいと漫画に集中するも、意識は完全に空滑り。
英梨花としてはただ、昔のように甘えているだけなのだろう。
しかしあの頃とは何もかもが違っていて。
悶々と妹に対して抱いてはいけない類の感情が胸で渦巻き、それが溢れ出ないようぎゅっと唇を嚙みしめ堪え、無我の境地で漫画のページを捲る。まるで修行僧の心持ちだった。
「……くすっ」
「っ!」
するとその時ふいに、英梨花が肩を揺らした。
翔太も思わずビクリと肩を震わせれば、英梨花もこちらの顔を覗き込んでくる。
見つめ合う形になることしばし。
やがて英梨花は頬を少し緩め、囁く。
「面白い」
「あ、あぁ、そうだな」
小悪魔的な微笑みだった。思わず一瞬、揶揄っているのかと勘違いするものの、すぐさま漫画のことかと思い直し、ぎこちない笑みを返す。
むず痒い空気が流れる。
「…………何イチャついてんの?」
「み、美桜⁉」「みーちゃん」
そこへ美桜の呆れた声を掛けられた。
いつの間にか部屋の入り口に居た美桜は、ジト目で翔太と英梨花の姿を捉えている。
「まったく、お昼が出来たって何度も呼んだのに来ないと思ったら……呆れた。二人だけの世界に入っちゃって……あ、もしかしてあたし、お邪魔でした?」
「いや、何か勘違いしてるぞ! 俺たちはただその、一緒に漫画を読んでただけだから! な、なぁ、英梨花?」
「ん、そう」
「……へー?」
咄嗟に言い訳を紡ぐも、美桜はまるで信じていないとばかりに生返事。翔太自身も抱き合うかのような距離で見つめ合っていれば、そりゃ仕方ないだろうとは思う。
英梨花はといえば兄と幼馴染のやりとりを、何かおかしいことがあるのだろうかと言いたげに、こてんと小首を傾げている。
それを見た美桜は苦笑と共に「はぁ」、と大きなため息を1つ。
「ま、兄妹仲良いのはいいことだけどね。冷めちゃうから早く食べちゃってよ」
「おぅ」
「ん」