12.……見ちゃった
翔太はいつもより少し長めの風呂を出て、水を求めてリビングに顔を出せば、ソファーでだらしなくごろりと寝転ぶ美桜の姿があった。
先ほどまでとは違っていつものスウェット姿で、ひっつめ髪。髪色以外は今までと同じ姿に、やっと実家に戻ってきたような安心感さえ湧いてくる。
こちらに気付いた美桜は顔を上げ、「おー」と言いながら読んでいた漫画を掲げた。
「あ、これしょーちゃんの部屋から借りたから。続き、気になってたんだよね」
「おい、俺のプライバシー」
「今さら見られても困るもんなんて……そういやいくつかありましたね。昨日のエロ同人とか!」
「だからあれは和真から押し付けられただけって言ってるだろ」
「じゃ、あのエロ小説は?」
「っ⁉」
「あ、本当に持ってるんだ?」
「てめ、この、美桜!」
「ふひひ」
カマを掛けられ、見事に引っかかってしまう翔太。
そんな、たちまち気安く交わされるいつものやりとり。
少々気恥ずかしくも、こんな打てば響くような会話が心地よい。
「で、実際のところ、どんなの持ってるの?」
「教えるか、バカ」
「あ、最近女子たちの間で『出戻り皇女の傷モノの身体は、救国の騎士たちに捧げられる』ってのがエロいだけじゃなくて内容もハラハラするって流行っててね、貸そうか?」
「……まぁ、興味ある」
「そうそう、エロっていえばさ、しょーちゃんのあっちの毛って髪の色に近いんだねぇ」
「ちょ、おまっ!」
しかしさすがに忘れようとしていた先ほどのことを蒸し返されれば、たちまち赤面してしまう。にししと笑う美桜は、きっと今後も事ある度にネタにしそうだ。
翔太は「はぁ」、と大きなため息を吐き、気恥ずかしさを追い払うかのように頭を掻く。
サッと周囲を見渡し英梨花が居ないことを確認し、気になっていたことを尋ねた。
「それで、何でだ?」
「ん?」
「うちに住むって話。メシ作ってくれるのはありがたいけど、さすがに何て言うかさ」
「やり過ぎ、通いでもいいのに?」
「そう、それ」
別に翔太としては、可愛らしい恰好をした美桜にドキリとしてしまうことがあれど、同居するのに否やはない。
しかし、美桜はご近所さんなのだ。幼馴染で気心が知れているとはいえ、年頃の異性の家に住むのは、さすがに度が過ぎているだろう。
翔太の怪訝な視線を受けた美桜は、「あー」と口の中でどう言ったものかと母音を転がすことしばし。やがて少し困った様に眉を寄せ、目を逸らしてから苦々しく口を開く。
「お父さん、再婚したんだー。で、兄貴は大学で一人暮らしだし、こう、ねぇ……?」
「美桜……」
翔太も、美桜の家庭事情をある程度知っている。ずっと間近で見てきたのだ。
その苦悶も痛いほどよくわかり、それだけにこれ以上何も言えなくなってしまう。
「そっか、なら仕方ないな」
「うん、ありがと。で、これからもよろしくね」
「おぅ」
そう言って、お互いが見慣れた笑みを浮かべて握手した。
少しばかりこそばゆい空気が流れる。
すると、次第に耐えきれなくなったのか、美桜はそれを振り払うかのように声を上げた。
「そ、そういやあたしの部屋の分のティッシュが欲しいんだよね」
「あぁ、洗面所だ。取ってくるよ」
「うん、お願い」
そう言って、洗面所へと戻る翔太。
きっと今までと変わらない美桜と話したことで、気が緩んでいたのだろう。
だからその惨劇は、起こるべくして起こった。
「――へ」
「――ぁ」
ノックもせず開けた扉の先にいたのは、ちょうど下着を脱いだところの英梨花。
抱きしめたら折れてしまいそうなほどの細い腰をした華奢な身体、眩しいくらいのシミ一つない透き通る白い素肌、つつましくも膨らんだ胸。
それは何もかも男の自分とは違う異性の裸。普段は衣服によって隠された、他人、ましてや男にはみだりに見せてはいけないもの。
翔太はそのことを意識すると共に、一気に頭へと血が上っていき、英梨花が胸元を手で隠すよりも早く叫び声を上げた。
「うわあああぁああぁああぁっ、ご、ごごごごごごめんっ、ほんとごめん!」
「……ぁ」
即座に回れ右をして、扉を閉める翔太。そのまま背から崩れ落ち、ぺたりと床に座り込み、やってしまったとばかりに顔を両手で覆う。
後で謝罪しなければいけないだろう。いや、謝って済む問題ではないかもしれない。英梨花は、同じ血を分けた妹ではないのだから。
英梨花や美桜と暮らすということは、気を付けないとこうしたことが起こりうるのだ。
翔太はこれからの前途多難に満ち溢れた生活に、呻き声を上げるのだった。
こっちの方のお約束も回収!
第2章ここまでです。
おもしろい! 3章も早く! そんな応援の気持ちを込めて★★★★★に塗りつぶしてくれるとうれしいです!