11.何事もなかったかのように仕切り直すな!
その後程なくして、美桜が「できたよー」と言って夕食を告げた。
ダイニングテーブルの上に並ぶのはキャベツが主役の回鍋肉、カボチャの煮物に具だくさんの味噌汁。見事な料理だった。英梨花も「ほぅ」とため息を零している。
食卓に着き、改めて周囲を見回す。
(……気まずい)
ゲームをしている時はテレビ画面を見ていたけれど、こうして夕飯を囲めば必然、互いに顔を合わせることになる。
見違えるように可愛くなった美桜と、大人びて綺麗になった英梨花。
なんだか知らない女の子に囲まれているようで、妙に緊張してきてしまう。
ちらりと顔を上げれば、美桜が食べないの? と言いたげに小首を傾げる。こちらはドギマギしているというのに、いつも通りの反応が少しばかり恨めしい。
そんな中、それぞれのいただきますの声と共に夕食を開始した。
相変わらず美桜の料理は美味しく、甘辛い回鍋肉のタレがご飯を進ませ、あっという間に一杯目の茶碗が空になる。
「しょーちゃん、おかわりいる?」
「っ、頼む」
「……ぁ、私も」
「はいよー」
それを目にした美桜が、すかさずお代わりをよそってくれた。
英梨花の口にも合ったようで、少し恥ずかしそうに茶碗を差し出す。美桜はそれをにこにこと嬉しそうな顔で受け取る。自分が作ったものを食べてもらうのが好きなのだ。
見た目が少々変わってもそこは変わらず、やはり美桜なのだなと思わせる。
料理に夢中になり、黙々と食べ勧める面々。
やがて皆は米粒1つ残さず平らげ、手を合わせた。
「ごちそうさま、っと」
「みーちゃん、美味しかった。びっくり」
「おそまつさま。ところでえりちゃん、辛くなかった? しょーちゃんってば辛党でさ、豆板醤と追加で鷹の爪も多めに入れてるんだ」
「ん、丁度いい」
「そっかー、兄妹だからかなー? あたし、最初はなかなか慣れなくてさ」
「っ! ぴ、ピリ辛旨いだろ」
「あはっ、わたしも今ではすっかり好きになったけどね」
「……ぁ」
「えりちゃん?」
美桜と話していると、ふいに英梨花が声を上げようとして、途中でやめる。
英梨花は何度か目を瞬かせた後、やおら席を立って食器を集め始めた。
「後は、私が」
「お、じゃあお願いね。あたしは荷解きしてくるかなー」
そう言って英梨花は流し台へ、美桜は自分の部屋へと向かう。
一人手持ち部更になる翔太。
家事をしている英梨花の後ろ姿を見ていると、妙に落ち着かない。
それに自分だけ何もせずゴロゴロしているのも気まずいだろう。
「……じゃ、俺は風呂でも洗うか」
誰に言うまでもなく呟き、洗面所へと足を向けた。
翔太の家事スキルはと問われれば、母と二人暮らしが長かったこともあり、調理以外は同年代と比べても高い水準だ。それこそいきなり一人暮らしを始めても問題ないくらいに。だからこそ母も、安心して父に着いて行ったのだろう。
元々普段の風呂掃除は翔太がしていたこともあり、あっという間に終わった。
耳をすませば、リビングの英梨花と、納屋だった部屋の美桜からの作業音。
翔太は少しばかり眉を寄せ、ついでとばかりにお湯を沸かして風呂に入ることにする。
すると服を脱ぎ洗濯機に上げ込んだと同時に、ガチャリとドアが開いた。
「しょーちゃん、ビニー――」
「ぁ」
一糸纏わぬ姿で固まる翔太。
同じように固まりつつも、まじまじとこちらを見つめる美桜。
なんとも言えない空気が流れていく。
「――ビニール紐どこにあるか知らない? 段ボール纏めちゃいたくてさ」
「っ⁉ 普通に何事もなかったかのように仕切り直すな! リビングの棚の下!」
「あ、やっぱりここってあたしが悲鳴上げるとこだった? でも見られたのはそっちだし、しょーちゃんが叫ぶ方? やり直す?」
「しねぇよ!」
なんてことない風に話す幼馴染とは対照的に、翔太はこれ以上ないほどに顔を真っ赤に染め上げ、脱兎のごとく浴室へと逃げ込む。ついつい早く向こうに行ってくれとばかりに声を荒げるのも仕方がないことだろう。
異性に裸を見られるのは、たとえ相手が美桜であっても恥ずかしい。しかも別人のように可愛らしい姿になっているのなら、なおさら。バクバクと早鐘を打つ心臓が、まるで自分だけ意識しているかのように思え、顔が羞恥と悔しさでくしゃりと歪む。
「……くそっ」
美桜の気配が離れていくのを確認した翔太は、悪態を吐きつつ不貞腐れたように、まだ膝までしか溜まってない浴室に入った。
ほら、同居モノといったらお風呂場で裸で遭遇、お約束だろう?(キラッキラした純粋なる曇りなき眼