1-4 天使
ドスッ……
誰かに肩をぶつけてしまった。
「あっ、すいませ……」
「おい、どこ見てんだよ。気をつけろ」
「あ、はい。すみません」
謝りつつ、相手の顔を見る。そこにはいかにも上流階級といった身なりの黒髪赤メッシュの男が立っていた。
「おまえ、俺が誰だかわかってるのか?」
男は高圧的な態度で私を見下ろしてくる。正直あまり関わりたくないタイプの人間だ。
「えーと……存じ上げません……」
男の背後ではクスクスとこちらを見下すように笑う男女が四人。
きっとこの人の取り巻きなのだろう。
「はあ? 知らないだと? 俺は、レイ・フォード・アルバーンだぞ?」
「はあ……」
聞いたこともない名前だ。でも多分、偉い人なんだろう。
「クスクス。よしなさいよ、レイ。そいつ田舎臭いし、世間知らずなのよ」
「え……」
田舎バレしてる……。服装もお母さんが選んでくれたものだし、行動にも気をつけてたんだけど……。
「何その反応? もしかして、自覚なかったの? 超ウケるんですけど」
「えっと……その……」
「ははははは! お前、自分のことわかってねえの? マジで?」
「ちょっと、あんたたち笑いすぎ。かわいそうでしょ。ぷっ!」
「だって、コイツ自分が田舎者だとも思ってねえんだぜ? でも、しょうがねぇか、家畜の世話をしすぎて、自分の脳みそも牛並になっちまったんだからな。ぎゃはは!」
私、農家じゃないし、牛並みじゃないし……。色々と反論したい気持ちを抑えて、ぐっと堪える。
ここは穏便に済ませたい。ここで怒ったところで、状況が悪化するだけだ。
「おい、聞いてんのかよ!」
「ひっ……」
顔を近づけて怒鳴りつけてくる男に嫌悪を感じて後ずさる。
「こいつ、レイ様の気迫にビビッてますよ」
「ほんと、かっこわるーい」
取り巻きが各々好き勝手なことを言っていると、レイと呼ばれる男が一歩前に踏み出した。
「メスのくせに、生意気なんだよ」
「め、メスって……」
「なんだ? メスじゃなくオスだったのか? そんな身なりで? それはそれでおもしれぇなぁ。はははっ! でも、違うよな? おまえからはメスの匂いがプンプンしてる」
「だがらメスじゃないですって……」
「でもいいよなぁ、メスは。生きているだけで、性処理道具としての価値がある。こんなバカでもな」
典型的な男尊女卑野郎。こんなやつに惨めな思いをするためにここまで来たんじゃない。
怒りがふつふつと湧き上がってくるが、それを必死に抑え込む。今はまだダメだ。我慢しないと……でも……くやしい……。
「俺の女になるって言うのなら許してやらなくもないが……どうする?」
「っ!!」
もう限界だ。そう思い、顔を上げた瞬間――
「やめなさーい!」
突然、女の子の叫び声が響いた。
「ああん? だれだ、てめえ」
「私は弱い者の味方! その子から離れなさい!」
現れたのは青みがかった銀髪の少女。背丈は私と同じくらいだろうか。整った顔立ちに、スラリとした体型。クリクリとした青紫色の瞳も可愛らしく、まるで人形のように綺麗な少女だ。
その少女が私を守るように両手を広げて立っている。
「メスが一匹増えたか。まあいい。まとめて相手してやるよ」
「女性をメス呼ばわりするなんて最低! 私にはグレイスっていう名前があるの!」
「はっ! 知らねえよ。どけ、雑魚」
「どきません! これ以上ひどいことをすると、痛い目を見るのはあなたたちだよ! 周りを見てみなさい!」
言われた通り、周囲を確認すると、いつの間にか人だかりができていた。皆、奇異の目で私たちを見ている。
「ちっ……」
レイは舌打ちをして、私の肩から手を離すと、取り巻きを引き連れてどこかへ行ってしまった。
「まったく、あんな前時代的考えの男がまだいたなんて信じられない! 大丈夫? ケガはない?」
「う、うん。ありがとう」
差し出された手に掴まって立ち上がる。
「私はグレイス! 今日は学園の能力測定に来たんだ! あなたは?」
「私は…………」
「……? どうかしたの?」
「ううん……私はミオ。私も能力測定のために来たの。よろしくね」
「そうなんだ! 奇遇だねぇ。よかったら一緒に行かない?」
ちょうど一人だと心細かったところだし、断る理由がない。
「うん。いいよ」
「やったぁ! よろしくね! ミオちゃん」
「よろしく」